2話「異動休暇。ガチ同棲」①
送別会から2日明け、後任との引き継ぎを済ませた悠人にとって、その日は久々の連休だった。
異動休暇と呼ばれるそれは、住宅の変更を余儀なくされる長距離の異動が発生したときに認められるものである。有給休暇に近い扱いとなり、多くのマネジャーにとって引っ越しの準備、前任との引き継ぎに当てられる。
悠人も例外ではなくこの制度を利用し、そして今新天地へ来ていた。
そして聞いたのは耳を疑うような話だった。
――前任は、過労で倒れ、入院中とのことだった。
異動に伴い悠人の所属エリアが変更となった為、必然的に上司も変わる。
はげ散らかした頭と疲れた瞳が印象的な彼は、休暇途中の悠人に挨拶に訪れていた。
元々新任の悠人が行かねばならぬ身である。休暇が一日潰れたとはいえ、悠人に文句を言う気は無かった。
このエリアで最大規模の売りを誇る、郊外ロードサイドの同一チェーン。喫煙席の最奥に陣取った彼が発しだ第一声がそれだった。
「月島さんにはだいぶ苦労をかけると思うよ。本当に奴はだらしのないマネジャーだった。店は崩壊寸前。状態はボロボロ。ほぼ全ユニットで欠員。よくまあ今まで保ってたものだ」
「そうですか……」
他人事のように言う彼を見て、悠人は少々胸に気持ち悪いものがこみ上げてくるのを感じた。
二日前までいたエリアの上司は快活な若々しさを持つ人間だった。悠人に仕事のいろはを叩き込み、叱咤しながらも店舗に入り込み、状態基準の底上げを支援するような人物だった。
その上でマネジャーの自活、自力での店舗運営を促し、マネジャー自身の成長をエリアの成長と捉え、自らの仕事への喜びとする、模範的な上司だった。
それがこいつは何か。と悠人は思った。
まるで全任をマネジャーに丸投げするような所作が、言動の端から露骨に見て取れた。
「聞いているよ、月島さんの噂は。君、だいぶ人を使うのが上手いらしいね」
かつてのエリアマネジャーは絶対にそんな表現をしない人だった。「人は物ではない」を口癖のように言っていた。しかし何を間違ったか、悠人の印象は、目の前の人物にとってそう固定されているようだった。
「いえ、良い”仲間”に恵まれました。私自身の力では到底運営できませんでした」
悠人も意趣返しのように、”仲間”の部分を強調し言った。悠人自身も彼ら彼女らを利用しているという気持ちは毛頭なかった。一人で戦うことの滑稽さ、脆弱さ、惨めさは誰より理解しているつもりだった。
言葉の端に込めた思いが伝わったか、眼前の男――加藤は露骨に顔を顰めた。醜悪な顔がよりいびつに歪んだ。
「仲間ねえ……。それじゃ、今回、月島さんは少し苦労することになるかもしれないなあ。ひどいものだよ、あそこのメンバーは。全員腐ってやがる、まともに仕事ができるやつなんざ揃っちゃいない。今は社員を二人入れてるけど、着任と同時に引きぬくよ。他にも困っている店舗はあるからね」
加藤は加虐に満ちた目で悠人を見た。しかし悠人は怯まなかった。その上でこう返した。
それは、かつての上司に教えてもらった言葉だった。
「仕事ができない? 上等ですよ、教えますとも。それが私の仕事ですから。仮に優秀なメンバーに囲まれて、不自由無い仕事をしたとしましょう。そんなもの3日で飽きますよ。何が楽しいんですか? そんな店舗にマネジャーは必要あるんですか? ないですよね。自分がいなくても店舗が運営できているんですから。私はこれからマネジャーとして、仕事をしに行きます。彼らが仕事を知らないなら教えます。店舗の基準がないなら作ります。仕事に目的がないなら表現します。私が、皆にとってのゴールを示します」
お前に向けて言っているのだ。と悠人の眼が語っていた。
何も教えず、人に任せて生き、利潤を貪り食う。そんなものは上司でない。ハイエナだ。
ともに苦楽を分かち合い、成長を喜び合い。感謝し、時に感謝され。それが楽しいではないのか。
俺はお前の力の一切を借りず、崩れかけの店を立て直そう。利益を出し、お客様を呼び込もう。
その成果の一切は、お前の力ではない、と思い知らせてやろう。
悠人はまだ見ぬ、顔も知らぬメンバーのため、言葉には出さなかったが、胸に誓った。
それが伝わったか、加藤は忌々しげに眉をひそめ。
「……ああ、期待しているよ、月島」
怒りを押さえるためか、青筋の浮いた顔で俺を呼ぶ声には、敬称が抜け落ちていた。