表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
7/28

偽りの瑠璃

「瑠璃!瑠璃はどこに居るっ?」

 那津の叫ぶ声と共に襖が荒々しく開かれ、その姿が飛び込んできた。その顔は困惑と苛立ちが如実に現れており、ずかずかと入ってきたかと思うと、書簡を読んでいた瑠璃の肩を掴んだ。

「痛いっ!」

 ひるむ瑠璃に、那津は構わずにその顔を近づけた。

「どういうことだ?これはっ?」

 うつむいて痛みに顔をしかめていた瑠璃は、ゆっくりと顔を上げ、那津を静かに見つめた。

「そういう、ことです」

 意外にも冷たく返ってきた声色に、那津の力が抜けた。瑠璃は手が離れた肩を押さえて、再びうつむいた。

「そういう……ことなのです」

「お前は……影武者だったのか……?」

 力無く膝をつき、息をつく那津に、瑠璃はゆっくりと視線を上げ、唇をくっと噛んだ。


 ――

 それは数刻前のことだった。

 改めて二人の身内も含めての面会の場が開かれた広間には、総勢三十余りの家臣たちも集まってきていた。皆がめでたいこの日を待ち望んでいたと、それぞれに祝いの言葉を交わしていた。

 それぞれに席に着き、待つ一同の前に、綺麗に着飾った瑠璃が現れた。ため息にも似た感嘆の声が広間に溢れる。そんななか那津は、静々と隣に座った瑠璃に視線を移し、息を飲んだ。

「る……瑠璃?」

 那津の隣に座っている人物は、那津の知っている瑠璃ではなかった。確かによく似ている顔立ちをしてはいたが、那津の愛する瑠璃ではないことは、すぐに分かった。

『この女は一体……?』

「瑠璃様!本当に今日は素晴らしい日ですな!」

「私どもも、那津殿といつ契りを結ぶのかと、ヤキモキしておったのですよ」

 すでに喜びに身も心も酔っている身内たちは、次々に祝いの言葉を告げる。

『皆、気づいていないのか?この人は、瑠璃ではない!』

 那津は平静を装い、笑顔を返していたが、心内は全く穏やかではなかった。

 そもそも瑠璃は、日頃から身内といえどあまり顔を見せなかった。いつも顔を俯かせ、その感情もあらわにはせず終始大人しい姿を見せていたが、唯一、親同士で繋がりのある那津の前では、ありのままの姿で居た。それも、女子としての計らい。女とはいつも控えめであれと教えられていたからだ。

 そんな、那津と他の者たちへの態度の違いを、昔から那津は、事あるごとによくからかっていたものだ。

 しかしそれにしても、こうも分からぬものなのかと、疑念でいっぱいになっていた。

 那津は、少し離れた所に座る瑠璃の父である政吉と自分の父である勘三に、視線を送った。言いたいことはこれで通じてくれと念じたが、それぞれに会話が忙しいらしく、那津の視線には全く気づかないようだった。



「一体あの女は誰なんだ?瑠璃は、お前だろう?何故あの場にお前は居なかった?」

 那津の突き刺すような視線を真っ直ぐに受け、瑠璃は口を開いた。

「彼女が本物の瑠璃……私の、姉です」

「姉……だって?そんな話、聞いたことがない!」

「私は双子の妹……生まれながらに、瑠璃の影武者を運命づけられました」

 瑠璃の妹は、ふっと笑顔を浮かべた。

「誰にも気づかれることはなかったのに……那津には、分かったのですね」

「当たり前だ!どれだけ一緒に過ごしていると思う?」

 瑠璃の妹は、嬉しそうに小さく笑った。

「身内でさえも、どちらが姉か妹か、分からないというのに」

 楽しげに笑う瑠璃の妹に、那津ははあっと息を吐いてにじり寄った。

「俺は、お前の姉と一緒になるなどと言った覚えはない!」

「でも、あの人が瑠璃です。この家のれっきとした娘であり、正真正銘の、初司田家の娘です」

「お前は……これからどうなるのだ?」

「変わりません」

「えっ?」

「私は今まで通り、公務は続けます。しばらくの間は」

「しばらく……」

 那津の胸が騒ついた。

「どこかへ、行くのか?しばらくとはいつまでだ?お前は瑠璃としてこれからも生きていくのか?」

 矢継ぎ早に問う那津だったが、実際の彼の頭の中も整理が付かず、ただただ分からないことだらけだった。そんな那津の困惑した表情を見つめながら、瑠璃の妹は微笑んだ。

「それは、父が決めることです」

 その何もかも受け止めた表情に、那津は胸を締め付けられ、思わずその体を引き寄せた。腕の中にいるのは、紛れも無く、今まで愛してきた瑠璃。ほのかに甘い匂いも、よく知る瑠璃のものだ。ギュッと抱き締め、静かに息をする瑠璃の妹に、那津は次第に苛立ちを覚えた。

「お前が影武者だということを、誰が知っているんだ?」

「父と、数人の者たちだけです」

 瑠璃の妹は、那津の胸に頬を寄せたまま、静かに答えた。

「お前は……俺を騙したのか……」

「え……」

 かすれた声をもらした瑠璃の妹から体を離し、那津は立ち上がった。目を見開いて見上げる瑠璃の妹に、那津はこれまでにないほど冷たい視線を落とし、踵を返した。

「な……」

 消え入りそうな声で名を呼ぼうとした瑠璃の妹だったが、ぴしゃりと閉められた襖が、空気さえも遮断し、その言葉を斬り落とした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ