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桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
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荒れた心の行方

「瑠璃っ!」

 息せき切って馬を走らせてきた那津は、初司田家の門をくぐるなり馬を飛び降りると瑠璃の名を呼んだ。叫びにも似た声に、すぐに瑠璃は姿を表した。

「那津っ!」

 駆け寄る瑠璃を胸に抱きとめ、那津は彼女の顔を覗き込むように尋ねた。

「あの鐐之助という男が来たとか!何もされなかったか?」

「那津……!」

 真っ青な顔で、今にも泣き出しそうに潤んだ瞳で見上げる瑠璃に、否応なく心が荒れる那津。事と次第によっては、すぐさま向こうに乗り込む気持ちでいた。だがすぐに、那津の脳裏に鐐之助のにやけ顔が思い浮かび、沸き上がるような怒りと共に、今ここで心を失ってはあいつに負けた気がすると、冷静に思い直した。

「一度、部屋に入ろう」

 那津は、瑠璃の肩を抱いて家の中へと促した。

 部屋の中に落ち着き、瑠璃はお茶を一口飲むと、ふうっと息を吐いた。そして

「……お茶を、点てただけです」

「それだけか?」

 瑠璃の脳裏に、鐐之助の言葉が蘇った。

『良妻賢母という言葉が一番好きなのです』

 それは求愛も含まれている事は、幼い瑠璃にも感じ取れた。嫌らしいほどに視線を送る鐐之助に、瑠璃は心底嫌悪感を覚えていた。それでも、自分の意思では何も動かせない事も分かっていた。今この感情を那津に言ったところで、あまり良い結果にはならないというのは、瑠璃にも分かっていた。だからあえて、全てを伝える事は避けた。

「はい……」

 目を伏せる瑠璃に膝を寄せ、肩を抱いた那津は

「大丈夫だ。お前の事は、私が守る!何も不安に思うことは無い」

と笑顔を見せた。

「那津……ありがとう。あなたが来てくれたおかげで、随分心が休まりました」

 瑠璃は、やっと安心したように笑顔を見せた。



 しばらく経つと、初司田家の中で静かな噂が流れるようになった。領土を広げるために、淡内家との結束を考えているとのことだった。それはすなわち、今より多く淡内家が初司田家に出入りすることを表していた。瑠璃はそれを小耳に挟み、背筋を凍らせた。そして政吉に懇願したのだった。

「父様。私はあの鐐之助という人が苦手です」

「おや、どうした理由かな?文武両道で礼儀正しい、大変気持ちの良い少年ではないか?」

 実際この鐐之助という少年、政吉たちの前では、愛想の良い好青年を演じてはいるが、瑠璃と二人きりになると一変、なんともねちっこく体を寄せ、瑠璃の気を引こうと懸命になるのだった。瑠璃は、鐐之助を信じてやまない政吉から激しく視線を逸らし

「あの視線が、気持ち悪いのです。何を考えているのか、さっぱり分かりません」

 嫌悪感をあからさまに出す娘に、政吉は首を傾げ

「これは、家の為でもあるのを忘れるな。お前は話を合わせるだけで良いのだ。……自分の役割は、わかっているな?」

と、わずかに困惑しながらも、大人の回答を返した。瑠璃もさすがにそれには逆らうことも出来ず、黙るしかなかった。実際に何かをされたわけでもなく、その雰囲気が嫌いというだけで、権力の根である父を説得するには、あまりに力がなさすぎた。

 そして、一方の那津もまた、不安と苛立ちに心が荒れ、どうしたら瑠璃を守り通すことができるのかをずっと考えているのだった。

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