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桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
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望まぬ客

 数日後、瑠璃は来客に顔を見せるために、客間に足を向けた。そしてそこで、望まぬ再会を果たすことになった。

 淡内鐐之助。

 まさしくその少年が、自分の屋敷の客間に上がり込んでいたのだ。はっと息を飲む瑠璃に気づくことなく、瑠璃の父政吉は彼女を自分の横に座らせた。

「私の娘、瑠璃だ。十三になる」

 可愛くて仕方がないといったように頬を緩ませ、瑠璃を見る政吉。だが、その視線などどうでも良かった。瑠璃は、目の前に腰を下ろす鐐之助から目を離す事ができないでいた。

 当の鐐之助は、この間とは一変、真面目くさった顔で少し下を見つめて黙っていた。横に座る鐐之助の父、淡内新之丞(アワウチ シンノジョウ)が、堂々とした風体で政吉を見る。

「うちの鐐之助は元服から二年経っており、武学を叩き込んでおりますが、そちらの瑠璃様もまた、教養の行き届いた風貌をなさっている」

「ほう。やはり隠しきれないものですかな?瑠璃はこの近辺の同じ年頃の女子たちには負けぬ実力を持っていると自負しておる」

 政吉はほくほくとした様子で瑠璃を自慢した。新之丞はニコリと口端を上げ、うやうやしく首を垂れた。そして微動だにしない鐐之助に視線を移すと

「鐐之助。これから私たちは、難しい話をしなくてはならない。お前は少し、別の部屋で待たせてもらいなさい」

「あぁ、それなら、瑠璃に案内をさせよう」

 政吉は瑠璃を促し、無理やりに席を立たせた。彼女は逆らえず、渋々に部屋の襖を開け

「こちらです」

と一言告げると、鐐之助と共に部屋を出た。



「驚きましたか?」

「…………」

「ふふふ。私も、こんなに早くあなたに会えるとは思っていませんでしたよ」

「知っていたのでしょう?じきにこの日が来ることも」

 視線を送ることなく呟くように言う瑠璃に、鐐之助はくっくっと喉を鳴らした。瑠璃にとっては、この急な来客は望まれるものではなかった。少し眉をひそめて、目当ての部屋へと廊下を歩く足を速めた。

「おお!これは見事な!」

 不意に鐐之助が挙げた一声に、瑠璃は足を止めて無愛想に振り返った。彼の視線を追った先には、桜の幹が立っていた。

「立派な桜の木ですね。春になれば、素晴らしい桜の花を咲かせるのでしょうね!」

 すでに満開の桜をその脳裏に思い浮かべているのであろう、鐐之助の恍惚とした表情に、瑠璃は眉をひそめ

「大したことはありません。どこにでもある桜です」

とだけ答え、歩み始めた。鐐之助はそんな瑠璃のうなじを見つめ、また喉を鳴らした。

 本当は、瑠璃も毎年の桜が咲く時期を待ち遠しく思うほどに、この木には思い入れがあった。だが、それを鐐之助に語る気には到底ならなかった。



「瑠璃、私は良妻賢母という言葉が一番好きなのです」

 突然そう言った鐐之助に、瑠璃はハタと動きを止めた。政吉から、お茶を点ててやれと言われ、今まさに抹茶を点てているところであった。

 手を止めた瑠璃の手元を見つめ、そして舐めるようにその横顔へと視線を移しながら

「あなたにはその素質が充分にある。そう、私は思っています」

 そこに何を含んでいるかは、幼い瑠璃にも容易に感じ取れるものであった。横から舐め取られるように送られる視線に耐えながら、瑠璃は再び茶を点て始めるのが精一杯だった。そして心内で那津に助けを求めるのであった。


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