ざわついた祭りのあと
祭りも佳境に入ってきた頃、広場の一角が異様にざわついているのに気付いた那津は、ふとそちらへ足を向けた。瑠璃もそれに気付き、那津の背中を追った。
那津が近づき、人ごみをかき分けていくと、その向こうにある人影が見えた。暗がりであっても、その着物の質が町民のものでは無いとすぐに分かった。
那津たちと同じか、少し上に見える歳の頃の少年は、二人の仲間を連れてそこに佇んでいた。どこか下卑た雰囲気で頬を緩ませる少年の仲間たちは、周りを囲む町民たちに刺すような視線を向け、見るからに友好関係を築こうとしているようには見られなかった。
町民たちもまた、あまり良くない空気を漂わせる少年たちに声を掛けることも出来ず、ただただ様子を見つめているのだった。
「見たことのない顔のようだが、誰だ?この町のものか?」
那津は怪訝な顔をして、その少年に尋ねた。すると少年は、那津の顔を確認するようにジッと見つめると、わずかに口端を上げた。
「私は淡内鐐之助と申す者。一つ山向こうの鹿納から来た」
「鹿納から。遠路はるばる、この祭りを楽しみにか?」
「それもある……いや、もう一つ、楽しみに来たんだがな」
「もう一つ?」
那津は鐐之助を細い目で見た。幼い頃から馴染みのあるこの祭りを壊すような事があれば、一戦をも止むを得ないと心内で身構えていた。それほどに、目の前に立つこの鐐之助という少年からは、ただならぬ威圧感がヒシヒシと那津の肌を突き刺していた。
二人の一触即発を感じさせる空気に気付いた瑠璃は、不安そうに那津の袖を掴んだ。それに気付いた那津は、顔を少しだけ瑠璃に向け、微笑んだ。
「大丈夫。瑠璃は心配しなくて良い」
「……うん……でも、無理しないで」
瑠璃はか細い声で返事をしたが、その声が那津に届いているかどうかは皆無であった。
その時、眉を寄せて那津に添い立つ瑠璃に気付いた鐐之助が少し顔を上げ、嬉しそうに目を見開いた。
「おお!あなたが瑠璃か!」
「えっ?」
いきなり名前を呼ばれた瑠璃は、肩を震わせて那津の後ろに隠れるように後ずさりして、その背中にしがみついた。
「瑠璃に何の用だ?」
急いで腕を上げて瑠璃を背中に庇い、那津が盾となった。歩み寄った鐐之助は、那津には目もくれず、その後ろにいる瑠璃を覗き込むように身体を曲げた。逃げるように那津の周りを回る瑠璃の肩を抱き、那津が声を上げた。
「一体、何をしに来た?用が無いのなら、今すぐ帰れ!祭りが穢れる!」
そう言いながら、護身用に持ってきていた脇差しに手を掛けた。それに視線をやると
「ほう。祭りの席で、刃を抜くつもりか?この、町民たちが歌い踊る至福の席で?」
挑戦的に目を細める鐐之助。いかにも楽しそうに頬を緩ませていたが、瞳の奥には、邪悪な光がうごめいていた。
『一体こいつは、何者なんだ?』
那津は言葉を無くし、ただただ鐐之助の思惑が読めずに凝視するしかなかった。腕にしがみつく瑠璃は、震えながら鐐之助を怯えた目で見ていた。それを面白がるように、鐐之助の仲間たちも喉を鳴らして笑った。しばらくそうしていたが、やがて背を伸ばすように身体を起こした鐐之助は、ふぅっと息を吐き、ひときわニヤリと笑った。そして静かに踵を返すと、
「じきに分かるさ」
と言って、仲間たちを引き連れ、祭りをあとにした。
「あの人たちは一体……?」
いまだ震える瑠璃の肩をギュッと抱き寄せ
「大丈夫だ。お前の事は、俺が守る!」
と力強く言った。だが心内では、ひどい不安に襲われていた。
『淡内鐐之助……一体、何者なんだ?』
「淡内?ふむ。もしかしてそれは、鹿納では名の売れている商人の事だろうか?一体なんの用で祭りに?」
家に帰ってすぐ、父勘三に尋ねた那津。
「とてもいやらしい目で瑠璃を追い回したのです。あれ以上されていたら、私は心を失うところでした」
不安と怒りに身体を震わせながら膝の上に置いた拳をグッと握り、そう言いながら俯く那津に、勘三はうむ、と顎を襟元に埋めた。
「もしかしたら…………いや、この世の中、何が起こるか分からんからな」
と、小さく呟くように言った。那津はよく聞き取れず
「はい?今なんと?」
と尋ねた。だが勘三は二度とは言わず
「お前は受け止め、ただ前を向いて行けば良い。何も間違ってはいないのだから」
とだけ答えた。それは決して珍しいことではなく、勘三が常日頃言っていることだった。