母性と絆
恩返しと言ってはバチが当たるのかもしれない。けれど、那津は各務を手放す気にはなれなかった。
各務を自分の屋敷へ連れ帰り、帰りを待ちわびていた瑠璃や政吉もまた話を聞くと、那津の思いを理解した。
「各務は、私たちの子供同然ですもの。あなたが言わなかったら、私が連れてくるつもりでした」
瑠璃はそう言ってニコリと微笑んだ。那津はその微笑みに心をえぐられるような感覚に陥った。
「瑠璃……」
「はい」
「私がまだ、蓮を思っている事を、疎ましく思うか?」
感情を押し殺すように静かに言う那津に、瑠璃はいきなり笑い出した。
「何故そんな風に思うのです?」
那津は、おかしくてたまらないと言う風に顔をしかめる瑠璃に首を傾げた。
「何故とは……各務を引き取ると言う事は、蓮をまだ思っているということだから……」
「という事だから?」
「やはり、怒っているのではないかと……」
次第にしどろもどろになる那津。矢束が生まれ、家を継ぎ、すっかり大人の佇まいをしていた那津が、この時ばかりは言葉が出てこない。言葉を探すように目を泳がせる那津を見て、瑠璃は珍しく声を上げて笑った。
「本当に、あなたはとても深い優しさを持っているのですね」
「瑠璃?」
きょとんと見つめ返す那津に、瑠璃はすっと笑うのをやめ、那津と改めて向かい合った。そして今度は真面目な顔で那津を見つめると、静かに言った。
「那津、私は蓮に導かれてあなたと出会いました。だから、私とあなたとの間には、いつでも蓮が居ると、今でも思っているのです。その蓮の愛情をいっぱいに注ぎ込まれた各務を引き取るのは、当たり前です」
瑠璃は少しだけ、不満げに見つめた。
「それともあなたは、蓮のことを無かったものとして消し去りたいのですか?」
「そ!そんなわけはない!」
思わず声を上げた那津に、瑠璃はくすりと笑った。
「私たちにとって、各務は蓮です。そう思って、二人で見守りましょう」
そう言って、瑠璃はすでに泣き疲れて眠ってしまっている各務を見つめ、もはや母の顔で微笑みを落としていた。そしてそっと一言
「私もいずれ、蓮のところへ案内してくださいませんか?お参りをしたいですから」
と漏らした。
「ああ、もちろんだ」
そう答えながら、瑠璃の懐の広さに改めて胸をつまらせる那津であった。
蓮とうり二つの顔をしていながら、お互いはお互いの生きる道を懸命に生きていた。那津が知らない絆を、この姉妹は持っていたのかもしれない。もっと二人の事を知りたい。そんな気持ちがふつふつと沸きあがる那津だった。




