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桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
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いざ馬の背に

「だ、大丈夫だよ!今日は荷物も無いし、走れば日暮れまでには家に着く!」

 それまでも走っていたのか、頬を赤らめたままの各務は、何とか矢束の手を振りほどこうとするが、彼もまた強情に各務の手をがんとして離さない。那津は二人に近づくと、各務と矢束の頭をぽんと優しく撫でた。

「「え?」」

 キョトンとして見上げる二人に、那津はにこりと微笑んだ。

「訳はわかった。さぁ、馬に乗りなさい。送るから」

「で、でもっ!」

 まだ歯を剥く各務の前に腰を曲げると、那津はその両肩をしっかりと抱き、まっすぐに向き合った。

「少しは、私たちを頼ってくれ。もう、他人ではないのだ」

 じっと見据え、ゆっくりと言う優しくも深い響きは、各務の心にすぅっと染み込み、そして、彼女の頬にツツッと雫が流れた。途端に肩を落とし、顔をくしゃくしゃにして泣き出した各務を、矢束は驚いた表情で見つめていたが、やがてつかんでいた手を緩めると、優しく握り直した。少し離れたところから見守っていた瑠璃が歩み寄り、その細い身体を抱きしめると

「一人で頑張っていたのね?もう大丈夫よ、私たちが居るから、ね」

と優しく話しかけると、各務はその細い指で瑠璃の袖口を掴み、なおも声を出して泣いた。


「泣いている場合ではないぞ!乗りなさい、各務!」

 馬の蹄の音と共に、頭上から声が降ってきた。那津が手を差し伸べると、各務は瑠璃に背中を押され、抱き上げられるように馬の上に乗った。真っ赤に泣き腫らした目で、初めて見る馬の背上からの世界に視線を泳がせる。

「行って来る!」

 那津はそう一言を残して、門を跳ね飛ばすように屋敷を飛び出して行った。

「お気をつけて!」

 瑠璃は、自分も連れて行って欲しいという気持ちを懸命に抑えるように、胸の前で手を組み、那津の背中を見送った。



 腕の中にすっぽりと収まり、道案内をする各務を時折見下ろしながら、那津は、聞くのは今かと心に決意した。

「各務」

「なに?」

 見上げる各務から視線を逸らすように前を見て、冷静を装いながら那津は尋ねた。

「お前の母は、何と言う名前なのだ?」

 各務は、最初キョトンとしたが、やがて思いを巡らせるように口を尖らせ

「確か……父ちゃんはかあちゃんのことを、【レン】って、呼んでいたよ」

「蓮……」

 那津の背中が粟立った。こぼれ落ちそうになる涙を堪えながら、静かに

「そうか」

と答えた。その時だった。

「父上ーーっ!」

 後ろから聞き慣れた声がして、振り向くと、馬に乗った矢束が追いかけて来た。

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