姿を消した各務
それからしばらく、各務は姿を見せなくなった。
いつも町に買い物に下りて来たついでに遊びにくるので、たまたま用事がないからだろうと思い、数日待ったが、いつも以上に姿を現さない日が多くなってくると、いよいよ那津たちの心境は穏やかではなくなった。病気でもしたのではないか?先日の雨で、畑が流されてしまったのではないか?もしかしたら、遠くへ引っ越してしまったのかもしれない――思い浮かべるのは、悪い事ばかりだった。
いつも反発し合っている矢束でさえも、さすがに何度も門の外へ出ては、用もないのにウロウロする事が多くなり、それを見ていた瑠璃が、とうとう痺れを切らして
「様子を見に行ってはどうでしょう?」
と那津に進言した。その表情はまさに、自分の子供を心配する親の顔そのものだった。
「そうは言ってもだな……」
那津も、気持ちは今すぐにでも飛び出したくて仕方なかったのだが、第一飛び出そうにも、彼をはじめ皆は各務の住むところを知らなかった。山の中腹あたりとは聞いていたが、そう小さくない山の中をむやみやたらに動き回るのは危険だ。考えあぐねていた頃
「各務が住むという山の近くの村人に尋ねたらどうでしょう?」
と、矢束が提案した。もしかしたら、小さな子供が町へ出るところを見ているかもしれないし、親が何か関わりを持っているかもしれない。我が子ながら名案だと感心しながら
「そうだな、矢束、このまま待っているだけでは、身が持たぬからな。動いてみるか」
と、那津は矢束ににこりと微笑み、頷いた。
やがて準備を整え、翌日には馬を出そうと思っていた時、町に住む矢束の友達が、屋敷に走り込んできた。聞くと、各務の姿を町外れで見たという。弾けるように駆けて行く矢束の後を、那津は眉をしかめて見送った。本当は、矢束よりも早く各務の姿を捉えたかったが、ここで取り乱してはいけないと、必死で堪えた。その拳に血がにじんでいることさえも、那津は気づかなかった。
数刻が、那津には何日にも感じられた。その隣では、那津の話を聞いた瑠璃が、かろうじてそこに座りながらも、手を胸の前で握り、視線を泳がせていた。
「各務ちゃんは、大丈夫でしょうか?」
かすれた声で那津に尋ねるが、その答えはくぐもったため息しかなかった。やがてバタンと乾いた音がして、それが扉の開く音だとすぐに気づいた二人は、急いで腰を上げた。
遠く門の辺りで何やら押し問答が聞こえ、那津がいつもの事かと半分飽きれながらも
「どうしたのだ?」
と少し嬉しそうな声で言うと、矢束がぐいぐいと各務の手を引いたまま那津を見上げた。
「父上!また各務が頑なに断るのです!」
「何をだ?落ち着いて、理由を話しなさい」
すると今度は、各務が那津に言った。
「手を離して、矢束!あたしには遊んでいる時間が無いの!早く父ちゃんに薬を飲ませないと!」
「何と?」
今までになく必死な形相で言う各務に、事の重大さを感じ取った那津は、すぐに家の者に馬を出すように命じた。




