各務の涙
各務の父親は、毎日畑仕事で忙しいという。
村外れの山の中、母親が亡くなってからたった一人で父親を支えて生きてきたのだと思うと、瑠璃の胸は張り裂けそうに切なくなるのだった。
「各務ちゃん、じゃあこれからは、私をお母さんだと思いなさい」
「え?」
瑠璃の腕の中で身じろぎをする各務を、逃がさぬようにまたギュッと抱きしめながら、
「これからは私が、あなたのお母さんよ」
「かぁ……ちゃん……?」
小さく呟くように言いながら、各務は瑠璃の袖を掴んだ。ずっと淋しかったのだと、各務はやっと気づいた。後から後からとめどない涙が頬を伝い、瑠璃の袖を濡らしたが、それに構わずに、瑠璃はしっかりと各務を守るように温めた。
「何泣いてるんだ?」
「あ……」
不意の声に顔を上げると、二人の前にキョトンとした顔で見つめる矢束が立っていた。矢束は首をかしげて不思議そうな顔で二人を見比べていた。瑠璃は、にこりと微笑むと、矢束の手を引いた。
「矢束、各務ちゃんを、守ってあげるのよ」
「ええぇっっ?」
矢束は驚いたように目を丸くして、瑠璃の手を振りほどいた。
「な、何で各務を守らなきゃならないんだよ?こいつ、俺より強いんだ!要らないよ、そんなの!」
小さな拳を振りながら怒る矢束に、各務も慌てて反論を始めた。
「こ、こっちだって、願い下げだわっ!私は矢束の力なんて要らないもん!一人でも大丈夫だもんっっ!」
「まぁまぁ、二人とも仲良くなさい……」
こんな言い争いをするのも、実は仲が良い証拠だと、瑠璃は気づいていた。
『本当の兄弟のようね』
嬉しそうに二人のやり取りを見つめながら、各務の手をそっと握った。
「そうか……各務の母は亡くなっているのか」
その後、瑠璃から話を聞いた那津は、落胆の息をついた。
「病気だったそうよ。一年ほど前のことらしくて、今はお父様と二人で一緒に住んでいると」
「一度、墓参りをしたいが……各務は、良しと言うだろうか?」
「分からないけれど、各務ちゃんは随分私たちに溶け込んできてくれているから、もしかしたら」
那津と瑠璃は、今度願い出ようと話をまとめた。
二人の中にあった、蓮に会えるかもしれないというわずかな希望は、木の葉のように散り落ちた。だがせめて、もし各務の母が蓮だとすれば、また会いたい。例え土に還っているとしても……そんな思いは変わらなかった。




