会いたくて
結局、各務の根気に負けた那津たちは、大きな荷物を担いで帰って行く彼女の小さな背中を、見えなくなるまで見送った。
「本当に、一人で行かせて良かったのかしら?」
まだ心配そうに言う瑠璃に、那津は小さく頷くと、
「大丈夫だよ、あの子なら」
と、もう見えなくなってしまった各務の背中に笑顔を送った。そして、また会える気がしてならなかった。母に止められていたとはいえ、各務はきっとここへ戻ってくると、心のどこかで根拠のない確信があった。
それから数日経って、各務は那津の予想通り、姿を現した。
彼女は町へ下りて買い物をした帰りに、遊びに来るようになったのだ。最初はおどおどと足を踏み入れていたが、やがて中で遊ぶ子供たちに混じって、すっかり慣れていた。
那津と瑠璃は、各務が遊びに来るのを心待ちにし、政吉もまた、驚くほど蓮に似ている各務を、本当の孫のように可愛がるようになった。
矢束は、自分よりも各務を愛でる両親や祖父に、少し嫉妬心を感じていた。そのために、各務に強い言葉を放つことも少なくは無かった。それに対して各務は臆せずに、果敢に立ち向かうのだった。矢束と各務は、そうやって度々喧嘩をしてはいたが、結局最後は矢束が折れてしまう。各務は、どこか不思議な魅力を持った少女だった。
各務は、細い身体の割に、心は強くまっすぐに育っていた。いつも涙を見せず、笑顔でいる各務。きっと生活は楽ではないはずだが、それを露とも感じさせない振る舞いに、那津たちはますます惹かれるのだった。
『各務は、もしかしたら本当に、蓮の子供なのかもしれない』
そんな思いが那津たちの心の中で膨れ上がっていた。それでも直接尋ねることは出来ず、たまに遊びにくる各務を待ちわびていた。
そんなある日、縁側に座って、遊び疲れた体を休ませる各務の横に、瑠璃が茶を出した。
「喉が渇いたでしょう」
そう言う瑠璃の横顔をじっと見上げる各務の視線に気づき、にこりと微笑み返した。すると各務は慌てて顔をうつむかせたが、その頬は赤らんでいた。瑠璃はそっと彼女の横に座ると、そっと尋ねた。
「各務ちゃん、私の顔に、何か付いてるかしら?」
すると各務は激しく首を横に振り、膝を抱えると、庭先を見たまま答えた。
「ううん、何でもない。ただ……」
「うん、なぁに?」
「かあちゃんに、よく似ているなぁって、思って……」
それを聞いた瑠璃の胸の奥が、密かに音を立てた。
「私に?似ているの?」
各務はおそるおそるに、また瑠璃の顔を見て、小さく頷いた。
「今、お母さんは家にいるの?」
瑠璃は震えそうになる声を抑え、平静を装いながら、各務に尋ねた。すると各務は口元をきゅっと引き結び、膝の間に顎をうずめると、小さく言った。
「かあちゃんは、死んだ」
「え……」
その途端、瑠璃の視界が真っ白になり、それ以上言葉が出てこなくなった。各務はまつげを伏せて、呟いた。
「瑠璃さんを見た時、かあちゃんかと、思ったんだ。それくらい、すごく似ていて……だから、また会いたいなって……ここに……」
「そう……そうだったの……」
瑠璃は、こぼれ落ちそうになる涙を堪えながら、各務を抱きしめた。




