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桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
20/28

蓮によく似た少女

「蓮……?」

 震えた声で漏れた那津の言葉に、矢束は首を傾げた。

「父上、この子を知っているのですか?」

 奇しくもその少女は、蓮の子供の頃に瓜二つの顔をしていた。何度も瞬きをして少女を凝視する那津に、少女は怯えた様子で身体を引いた。

「あの……」

 それでもじっと那津を見返す少女の一言で、那津はグッと息を飲み、我に帰った。

『そんな訳はない。蓮では……』

 そして改めて落ち着いた声色で、その少女に声をかけた。

「私は矢束の父だ。何も怖がることはない。ここは、見かけこそ武家屋敷だが、今は子供たちの遊び場にもなっている。茶菓子もあるぞ」

 すると少女は、

「でも……かあちゃんが、ここには近づいちゃダメだって……とても偉い人のいる場所だから、あたしたち貧乏人が気安く行ける場所じゃないから、避けて通れって」

「母が?そう言ったのか?」

「うん」

 そうやって利発そうな瞳で見上げる仕草も、忘れはしない、蓮と瓜二つだった。吸いつけるような瞳に、那津は思わず目を逸らし、冷静を装いながら

「それは勘違いだよ」

と、和ませるように笑ってみせた。

「どうなさったのですか?」

 瑠璃の声が聞こえ、彼女が門をくぐり出てきた。

「矢束、帰っていたのですか?そんなところに居ないで、中にお入りなさいな――」

「か、かあちゃん!」

 素っ頓狂な声が響き、瑠璃と少女の目が合った。

「え……あなたは!」

 目を丸くして、何か漏れそうになる口に手を当てる瑠璃を少女の視界から妨げるように、那津は身体をずらして遮った。

「家は、どこにあるのだ?ここから遠いのか?」

 あくまで静かに優しく尋ねる那津に、少女はやっと少し慣れたように小さく頷いた。

「……あの山の向こうだよ」

「町でたくさん荷物を持っていたから、俺が手伝ってやったんだ」

 矢束の足元には、二、三の大きな包みが置かれていた。きっと、何か売ってその代わりに何かを持って帰るところだったのだろう。誰が見ても、少女の細い身体には、ずいぶんな重荷に見えた。

 見たところ一人のようだし、那津はこの蓮によく似た少女を助けたくなった。

「その足で山を越えるなら、今から行っても日が暮れてしまうな。よし、私が送ってやろう。馬ならすぐだからな」

 そう言う那津に、矢束もそれが良い、と賛同したが、少女は身体を固くしてかぶりを振った。

「だ、大丈夫!慣れてる道だし、何度も町には来ているから、迷うこともないよ!」

 その時、那津の背中を瑠璃が後ろからつついた。そっと振り返る那津に耳を寄せ、瑠璃は震える声で言った。

「あの子は一体、誰なのですか?蓮にそっくりで、それに、今私のことを……」

「うむ……」

 那津の心の中も、整理できていないままでいた。目の前に立つ少女は、他人の空似なのかもしれない。似ている顔の人間は珍しいことではない。だが、二人は感じていた。もっと深いところで通じ合う空気のようなものが、少女から漂ってきていることを。

 必死で断り続ける少女に、矢束が

「大丈夫だ!俺たちはそんな悪いやつじゃない!」

と説得を始めると、

「そう言う人が一番怪しいんだ!」

と少女が応戦し、送ってもらえ、要らない、の応酬が始まった。その様子を見ていた那津は、ふとこみ上げるものを感じ、いきなり笑い始めた。その笑い声に驚いた矢束と少女が那津をみると

「なんだ、二人は似たもの同士なのだな。すっかり仲が良いではないか」

と肩を震わせて那津が笑った。それを聞いて、矢束たちは顔を見合わせ、ふいっと背けた。その様子に、瑠璃も笑い始め、二人に近づくと、なだめるようにその肩を抱き寄せた。瑠璃は不思議そうに見上げる二人を交互に見つめ、そして少女に尋ねた。

「あなた、名前は?」

 少女は瑠璃の顔をまじまじと見ながら、

各務(カガミ)

と答えた。その瞬間、那津の背中が粟立つのを感じた。那津の中で、蓮と二人だけの場所【鏡池】が蘇った。

『まさか……な……』

 那津は、逸る気持ちを抑えながら、三人の仲睦まじい姿を見つめていた。

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