繋がった心と身体
蓮は姿を消した。
那津は、あれは夢だったのだろうかと何度もこめかみを押した。それでも現実に、今そばに蓮は居ないのだ。
あの夜――
那津は、蓮の手を引いて走っていた。曲がりくねった遊郭の廊下を、誰にも気付かれないように走りぬくのは、容易ではなかった。けれど、何の武器も持たない那津には、こうするしか思いつかなかった。ただ蓮と共に一刻も早くこの華やかで暗くて混沌に満ちた小さな街から逃げ出したい、その一心だった。後ろから何人もの用心棒が追いかけてくる。視界の隅にキラキラと光るものは、刀の切っ先だろう。余計な事を考えないように、那津は蓮の手をぎゅっと握りしめて走った。
どれくらいの距離を走っただろう。
息も絶え絶えに立ち止まったのは、林の奥の方だった。
辺りに耳を澄ませても、追手が来ている様子はなかった。
『諦めたか……?』
そう安堵の息を吐くと共に、同じように息を荒げて膝をつく蓮を見つめた。
「蓮、大丈夫か?」
顔を覗き込む那津に、蓮は汗ばんだ顔で微笑んだ。
「大丈夫、です。那津こそ、息が……」
「お前と同じだ。大丈夫。追手も諦めたようだ。少し休もう」
那津は辺りを見回し、大きな木のくぼみを見つけた。そして、もう一歩も動けなさそうな蓮を抱き上げると、そこへ隠れるように入った。
「ここなら目立つこともないだろう。しばらく、眠るといい。日が昇ったら、近くの町か村へ行って、馬を借りて帰ろう」
「那津……」
やっと息が整った蓮が、ふう、と息を吐いて、那津を見上げた。
「ごめんなさい」
「なぜ謝るのだ?」
「余計な事に、巻き込んでしまいました」
「何を言っている!変な気を回すな。何より、蓮が無事で良かった」
それを聞いた蓮は、切なそうに眉をしかめた。その眉間に指を当てた那津は
「そのような顔をするな。可愛い顔が台無しだぞ」
と笑ってみせた。蓮は、少しホッとした顔になると、小さく微笑んだ。那津は蓮の肩を寄せると、小さな頭を撫でてやった。
「いいから、休め。俺がいるから大丈夫だ」
そう言って、眠るように勧めた。蓮は那津の胸元で静かに息を吸い込み
「懐かしい、那津の匂い」
と囁いた。それがくすぐったくて、那津はなおもギュッと蓮を抱きしめた。
「ありがとう……」
蓮もまた、細い指を那津の背中に回し、きゅっとしがみついた。その途端、那津の心が痛みに支配された。蓮を守りたい。生涯ずっと。この腕の中から、もう離したくない。
那津は、蓮の肩をそっと抱いて身体を離すと、口づけをした。切なくも甘く深い口づけ。そして、重なり合う唇が離れると、どちらからともなく再び抱き合い、共に横たわった。
その夜、二人は初めて繋がった。
やがて――
気付くと、那津もまた眠りについていたようで、身じろぎをしながら目を覚ますと、ぼんやりと辺りを見つめた。
すっかり日が昇り、地面を木漏れ日が揺れ、緑の匂いが鼻をついた。そうしているうちに、那津の頭の中がはっきりしてきた。
「はっ!追手はっ?」
慌てて身体を起こして、構える那津。
そして次の瞬間、身体が軽いことに気付いた。
「蓮っ?」
腕の中に居るはずの蓮の姿が、こつ然と消えていた。
「蓮?蓮っ!どこに居るんだっ?」
何度呼んでも、どこを見ても、蓮の姿は見つからなかった。那津は、林中を歩き回った。声が枯れるほどに呼んだ。けれど、蓮が見つかることはなかった。
三日三晩留まる事もなく、飲み食いも忘れて蓮を捜し続けた那津は、とうとう倒れた。




