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桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
14/28

蓮の行方

 那津は初司田家に婿入りした形になり、たまに政吉と酒を酌み交わすようになっていた。

 まだ舌が慣れていない那津は、舐めるように少しずつ呑むようになり、あまり酒に強くない政吉は、すぐに頬を染め、上機嫌になった。もともと男の子がいない初司田家。よほど嬉しいのだろう。少しと言いながら、いつもかなりの酒を呑んでいた。

「あまり深酒はよした方が」

「うむ。つい、また嬉しくて煽ってしまった」

 いつもの那津の言葉に、頬を染めてにこやかな政吉。那津はずっと言えなかったことをやっと切り出した。

「蓮は、元気ですか?」

 蓮は姉に替わってすっかり奥の部屋へこもってしまい、那津でさえ式を挙げた日からまったく会っていなかった。

 那津ももう大人だ。ましてや婿養子の身であるから、我儘も言えない。だがもう頻繁に会えなくなったとしても、せめて同じ屋根の下に居るのなら、彼女の様子を知りたいと思うのは当たり前の事だった。

 那津が尋ねた途端に、政吉はふっと表情を曇らせた。そして静かに視線をそらせると

「蓮のことは、もう、忘れなさい」

とまるで他人事のようにつぶやいた。

「えっ?」

 那津の胸がきしりと音を立てた。

「それは、どういうことでしょう?」

 かろうじて体裁を繕って、静かな口調で尋ねる那津に、政吉はくいっと酒を呑んだ。

「もう、瑠璃の夫なのだ。他の女を気にしているようでは、私の後は継げぬぞ」

 そう言う政吉が無理に笑顔を作っているのは、那津にはすぐに分かった。

『何か隠している』

 那津は、そう直感した。

「ですが、幼い頃から仲良くしていた人です。忘れられるわけがありません。会えなくても良いのです。せめて、様子だけでも――」

 食い下がる那津に

「大人になるということは、そういうことだ」

と、政吉は相手にしなかった。那津は静かに席を立った。

「では最後で良いですから、挨拶をさせてください。蓮の部屋へ行ってきます」

 そのまま部屋を出ようと襖に手をかけた時、那津の背中に政吉の声が飛んだ。

「蓮はいない!」

 吐き捨てるように言われた言葉に、那津は素早く振り返った。

「どういうことですか?」

 政吉は俯き、かぶりを振った。




 那津は馬を走らせていた。今までに無いくらいに早駆けをし、馬は早々に息を荒げていたが、なんとかなだめ急かした。そして着いた場所は、遊郭だった。

 馬を留め足早に遊郭街を歩く。その目は眼光鋭く、すれ違う人を困惑させた。だが那津はそれらを気にすることも無く、ざくざくと歩いて行く。那津の脳裏に、数刻前のことが思い出されていた。


 那津は初司田家を出ると、その足で嘉納へと足を運んだ。そして淡内家の屋敷を訪れた那津は、挨拶もそこそこに鐐之助を呼びつけた。

「おやおや、こんな遠いところまでしかも突然、何用でしょう?」

 以前会った時とは一段と艶を増し、少し大人びた格好をしていた鐐之助は、くくっと口角を上げて那津を見つめた。まるで那津がやってくるのを心待ちにしていたかのように、頬を緩める鐐之助。

「とぼけるな!蓮をどこへやった?」

 詰め寄るように言う那津に、鐐之助は怯みさえせずに、むしろ胸で那津を押し返した。

「そう噛みつかずとも、彼女は元気でやっていますよ」

「どこにいる?何故蓮を売った!」

 那津の怒号が、静かな部屋に響く。ところが鐐之助は慌てもせず、すくっと肩を上げ、かぶりを振った。

「おやおや、それは言う相手を間違っていますよ。私はただ、仕事をこなしたまでのこと。商売は商売です」

「商人と偽って人売りをしていたとは、詐欺ではないか!」

 すると鐐之助は、悪びれもせずに首をかしげた。

「人も、品ということですよ」

 那津は、自分の血液が逆流するかのような昂りを感じた。その勢いのまま、鐐之助の胸ぐらを掴みあげると、蓮の居場所はどこだと叫んだ。

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