蓮の行方
那津は初司田家に婿入りした形になり、たまに政吉と酒を酌み交わすようになっていた。
まだ舌が慣れていない那津は、舐めるように少しずつ呑むようになり、あまり酒に強くない政吉は、すぐに頬を染め、上機嫌になった。もともと男の子がいない初司田家。よほど嬉しいのだろう。少しと言いながら、いつもかなりの酒を呑んでいた。
「あまり深酒はよした方が」
「うむ。つい、また嬉しくて煽ってしまった」
いつもの那津の言葉に、頬を染めてにこやかな政吉。那津はずっと言えなかったことをやっと切り出した。
「蓮は、元気ですか?」
蓮は姉に替わってすっかり奥の部屋へこもってしまい、那津でさえ式を挙げた日からまったく会っていなかった。
那津ももう大人だ。ましてや婿養子の身であるから、我儘も言えない。だがもう頻繁に会えなくなったとしても、せめて同じ屋根の下に居るのなら、彼女の様子を知りたいと思うのは当たり前の事だった。
那津が尋ねた途端に、政吉はふっと表情を曇らせた。そして静かに視線をそらせると
「蓮のことは、もう、忘れなさい」
とまるで他人事のようにつぶやいた。
「えっ?」
那津の胸がきしりと音を立てた。
「それは、どういうことでしょう?」
かろうじて体裁を繕って、静かな口調で尋ねる那津に、政吉はくいっと酒を呑んだ。
「もう、瑠璃の夫なのだ。他の女を気にしているようでは、私の後は継げぬぞ」
そう言う政吉が無理に笑顔を作っているのは、那津にはすぐに分かった。
『何か隠している』
那津は、そう直感した。
「ですが、幼い頃から仲良くしていた人です。忘れられるわけがありません。会えなくても良いのです。せめて、様子だけでも――」
食い下がる那津に
「大人になるということは、そういうことだ」
と、政吉は相手にしなかった。那津は静かに席を立った。
「では最後で良いですから、挨拶をさせてください。蓮の部屋へ行ってきます」
そのまま部屋を出ようと襖に手をかけた時、那津の背中に政吉の声が飛んだ。
「蓮はいない!」
吐き捨てるように言われた言葉に、那津は素早く振り返った。
「どういうことですか?」
政吉は俯き、かぶりを振った。
那津は馬を走らせていた。今までに無いくらいに早駆けをし、馬は早々に息を荒げていたが、なんとかなだめ急かした。そして着いた場所は、遊郭だった。
馬を留め足早に遊郭街を歩く。その目は眼光鋭く、すれ違う人を困惑させた。だが那津はそれらを気にすることも無く、ざくざくと歩いて行く。那津の脳裏に、数刻前のことが思い出されていた。
那津は初司田家を出ると、その足で嘉納へと足を運んだ。そして淡内家の屋敷を訪れた那津は、挨拶もそこそこに鐐之助を呼びつけた。
「おやおや、こんな遠いところまでしかも突然、何用でしょう?」
以前会った時とは一段と艶を増し、少し大人びた格好をしていた鐐之助は、くくっと口角を上げて那津を見つめた。まるで那津がやってくるのを心待ちにしていたかのように、頬を緩める鐐之助。
「とぼけるな!蓮をどこへやった?」
詰め寄るように言う那津に、鐐之助は怯みさえせずに、むしろ胸で那津を押し返した。
「そう噛みつかずとも、彼女は元気でやっていますよ」
「どこにいる?何故蓮を売った!」
那津の怒号が、静かな部屋に響く。ところが鐐之助は慌てもせず、すくっと肩を上げ、かぶりを振った。
「おやおや、それは言う相手を間違っていますよ。私はただ、仕事をこなしたまでのこと。商売は商売です」
「商人と偽って人売りをしていたとは、詐欺ではないか!」
すると鐐之助は、悪びれもせずに首をかしげた。
「人も、品ということですよ」
那津は、自分の血液が逆流するかのような昂りを感じた。その勢いのまま、鐐之助の胸ぐらを掴みあげると、蓮の居場所はどこだと叫んだ。




