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桜の花びらが落ちる頃に  作者: 天猫紅楼
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結納の宴

 やがて日は過ぎ、那津と瑠璃との祝言をあげる日が来た。

 大名とはいえ、地方に居を構える初司田は贅沢ができる経済状況ではない。そのために元町家の那津を婿に入れるのだ。

 そんなだから、結納の宴も近々の血筋を集めての小さな宴となった。

 そんななか、きっちりと仕立てられた白無垢姿で那津の隣に座るのは、瑠璃であった。

 表向きで見れば当たり前の事だったが、那津の心情は、到底心地良いものではなかった。

『これが蓮であれば……』

 那津は、自分の非力さを悔いた。

 会場は祝福の顔で満たされ、歌や踊りで彩られ、そこに居る誰もが、那津と瑠璃の幸せを願ってやまなかった。

 祝福の言葉を次々に告げられ、那津と瑠璃は笑顔で返す。そんなやり取りが、何度繰り返しただろう。

 小さくふぅ、と息をつく那津の横顔を、瑠璃はそっと見やってはわずかに眉を下げた。

 やっと落ち着きを取り戻したときは、周りには散々たるものであった。何十本も転がる徳利や御猪口。それに寄り添うように眠るどこかの年配の男を介抱し退室していく女房らしき姿。料理の数々は見事に無くなり、少しあきれた顔で眺める那津に、政吉は豪快に笑った。

「うちの家系は、酒豪が多いのだ。慣れるまでには少し時間がかかるだろうなぁ」

 まるで他人事のようにあっけらかんと笑う政吉の頬は、真っ赤に染まっていた。

「父上、充分呑まれたようですね。さ、お水を」

 瑠璃が甲斐甲斐しく水を差しだすと、政吉はじっとその手元を見つめ、そして瑠璃を見つめた。

「美しくなったな」

 そう言う政吉の瞳が、見間違うことなく潤んでいた。はにかむ瑠璃。それを横で見つめながら、那津は唇を噛んだ。

 そして、今すぐにでも蓮に会いたいと思うのだった。



 夕暮れ近くなる頃、蓮は自分の部屋の襖を開けて庭を眺めていた。そして、祝事で和やかに盛り上がっているであろう式場を思いながら、今までのことに思いを馳せていた。

『長かった……でも、これで私の役目は終わった。これからは、瑠璃姉様は明るい日のもとに堂々と出て行ける』

 それは逆に、蓮が姉に代わって裏の部屋へと行くことになる意味を含んでいた。二人は並んで外に出る事は出来ない。

 そんな運命を思わせないほどに、陽の当たらない部屋で会話をする瑠璃と蓮は、どこから見ても、仲の良い姉妹だった。

 蓮はどこかすっきりした心持ちだった。

『私は幼く多感な年頃を、外で思い切り過ごすことが出来た。それだけでも有難い』

 その一方で、心の片隅には針のようにチクリと刺激する想いも残っているのは確かだった。

「那津……」

 思わず口に出して名前を呼んでいた。姉のためにした事だとずっと信じる事にしていたけれど、いざ離れて顔を見なくなると、言いようのない虚しさに襲われていた。心に空いた大きな穴を埋めるものは何も無く、ただぼんやりと庭を眺める事しか出来なかった。


「本当にあなたは美しい」

 突然聞こえた声に驚き、振り返ると、そこには鐐之助がいた。襖にもたれかかるように立ち、にこりと微笑み、蓮を見つめている。

「な……何故ここに?」

「大丈夫。父君の許しは得ています」

「なんですって?」

 驚く蓮に、鐐之助はただにっそりと口角を上げ、部屋へと歩み入った。蓮は鐐之助から視線をそらせずに後退りするが、彼は構わずに部屋の中央辺りまで来ると、仁王立ちをして立ち止まった。

「さぁ、行きましょうか」

「行くって……どこへ?」

 蓮の怯えた声に、鐐之助はなおもニタリと笑みを浮かべた。

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