第4章 魔法使いの失敗
脱走者『CPS』と失敗作『ELSE』の戦いの結末。その結末は果たして良かったのか――
※人死に注意
第4章 魔法使いの失敗
「そういえば先生、あのころを覚えてます?」
夜。魔法学校の宿舎。その隣にあるもうひとつの宿舎――主に教員が寝泊りする――に彼女『3N』はいた。
そのある個室の中に『3N』と『MWM』がいた。
「あのころ?」
「私が初めて実践に駆り出された時ですよ」
「あー……ずいぶんと前だな。4年前だっけ?」
現在、『3N』の年齢は十歳。つまり彼女が六歳のときに、魔法行非常事態科探索第一執行部。そこに配属、実践に駆り出された。彼女の経緯についてはここで詳しく説明するべきではないだろうけれど。
「確かあの時は後方支援だったね」
「しらみつぶし役でしたよ。ただの」
そう、彼女は元から魔法の才能はあったが、実践で得た経験値のほうが大きい――『CPS』とは逆のパターンだ。
もともと『3N』は手から微弱な破壊的魔力を生み出すだけ、つまり『手から食う』魔法使いとして魔法行非常事態科探索第一執行部に編入された。聞こえはえげつないが、実際戦闘に使うとなると、相当使えない。手からしか『食え』ないからだ。
「がんばったなー。あの時は『人食い3N』とか言われてたんだっけ?」
「あったなーそんな名前。まあ頑張ったおかげで昇進できたんですけどね」
実践で、彼女は掌から拳へと、そして遠距離パンチ。そして『CPS』との戦いで足の裏に発動することも出来るようになった。これで彼女の苦手な遠距離戦を近距離線へと無理やり変えることが出来るようになった。相当なレベルアップだと言えるだろう。
「そういえば先生、研究のほうは上手く行ってるんですかぁ?」
挑発するように語尾を上げて言う『3N』。
「うん。『CPS』が思わぬ情報をくれたよ。『魔法封じについて』あの子は知っていたよ」
「魔法封じ……? 魔法エネルギーの相殺のこと?」
「いいや、『魔法を発動させない』、つまり精神に関係する魔法の応用だね。これはついに魔法が『先手必勝』論で語られるかもしれないね」
「……まあ、私は魔法がなくても殴れば、殴られたら痛いくらいには力あるけどね。精神影響の魔法なんてやってる奴らは、みぃーんなトロいからねぇ」
「まぁ、君には『魔法封じ』なんて『つまんない』って言いそうだよね」
「だぁーれが脳筋だってぇ?」
とある都会にあるとあるビル。そのビルは直方体と言うよりも円柱に似た形状をしている。その屋上、とても強い風が吹いている。そこには一人の、『CPS』と呼ばれている少女が立って――
「今の状況なんてどうでもいいわね……だって、これから、未来のことを案じるべきだわ。いや……」
屋上の中央部に四角い建物がある。下階に繋がっているのだろう――そこから一人の少年が出てくる。
「今まで何があったかなんて誰も気にしない。問題はこれから何をするつもりなのか。そこに尽きる」
出てきた人は、これでもかと言うほどに赤い服に赤いズボンに赤い帽子にわざわざ染めたとしか思えない赤い髪にわざわざ買ったとしか思えない赤いコンタクトレンズ。
そして目と言えば充血して真っ赤。
赤と謂う色にある『強さ』というには不健康な肉体をしているが、それはその少年が弱いから強い衣装を着ているのではない。
危険極まりない、『危険』な存在であるということだ。その少年『ELSE』は――とても危険だということだ。
「ここで……あんたを……倒す。倒す。絶対に倒す」
「前しか見えてない馬鹿丸出しですよーって教えときますよ。だいたいなんなんですかー? その真っ赤な服は。はっきり言ってダサさ満開ですよ」
私がいえたことじゃないけどね――と、茶化すような前座を終える。
「まあはっきり言って、あなたみたいな赤い馬鹿には興味がないんですよね。あなたのその『トリック』、見破りましたから」
「トリック……だと……?」
「そうだよー? もしかして『中の人』ですか? もしかして『トリック』まだ見抜いてないんですか?」
魔法の最先端は今、『CPS』が握っている。この『ELSE』という少年を作ったところではない。
しようと思えば、『CPS』は――全人類を滅ぼすことだってできる。そして、魔法使いの天敵であるこの『ELSE』を滅ぼすことだって――できるのだ。
「……一般的な『魔法封じ』とは違う、いうなれば『魔法殺し』を持つこの『ELSE』というこの僕のトリックだと?」
「うん。とぉーっても簡単なトリック。見破るにはちょっとした発想の転換が必要だけどねー」
「馬鹿な……『これ』は体質としか解釈のしようがない。お前みたいな若造が見破っただと? 笑わせる」
「何気ひどいこといいますね。もしかして老害みたいな硬い脳みそしてるんですかー?」
「そんなどうでもいいことをいちいち喋るな! さっさとそのトリックとやらを説明しろ!」
「自分で調べればいいじゃーんとかあんたみたいな奴に分かるわけないか」
「黙れッ!」
『ELSE』の肉体が、『ELSE』本人の意思とは関係なく、『ELSE』本体の意思として動く。
それは一直線に『CPS』に駆けて、右ストレートをかましに来た。
「直接魔法が効かない――『直接』でしょ?」
それは『3N』が『CPS』との戦いで生み出した戦闘方法。
「足元から魔力を噴出させて、避ければいいだけでしょ。つまんないねー」
ぴょん、と横にはねて。その拳をかわす。魔法使いでなくても、簡単に出来ることだ。魔法が効かないならば、魔法使いでなくとも戦える。そういうことだ。
「じゃあ、解説は倒しながらでいいですかね――覚悟は必要ですよ? 足りてますか? 私は――出来てますよッ!」
『CPS』は、ビルの縁めがけて走り、飛び降りた。
「最終魔法――『SPC』」
第三者視点から物事を説明しよう。
事実だけを説明しよう。
いや、説明してもきっと理解されないだろう。自分でも何を見ているのかさっぱり分からなかった。
『CPS』という水色髪の少女が突然ビルの屋上から飛び降りたと思ったら、『ELSE』という真っ赤な少年が突然消えた。
どのような消え方をしたと言えば良いだろうか。まるで何かに吸い込まれるような、というのが妥当だろうか。
『CPS』と『ELSE』は、肉体と精神にそれぞれ分離された。『CPS』の肉体と『ELSE』の(遠隔)精神は現実世界に。『CPS』の精神の一部と、『ELSE』の肉体は――『魔界』に飛んでいった。
「そもそも、の話ね」
『魔界』という場所に、『CPS』の精神の一部と、『ELSE』の肉体がある。そこは、エネルギーが常に不安定な場所。
「『魔力』ってさ、何?」
『魔界』にいるときは、そもそも視界なんて存在しない。光エネルギーが生成される環境であり、崩壊される環境でもある。そういう、エネルギーの形態がとても不安定で――
核、化学、光線、電気、運動、熱の六つのエネルギーが、とても不安定な状態で――それこそ、現実世界では、人間の意識程度で変えることが出来るほどに。
「この世界を見てくれれば分かるだろうけど、ここは『魔界』です。そんでもって――『魔力』ってのはここに漂ってるエネルギーなんですよ……!」
『魔力』、『魔法』――『魔界』。
それら三つは、すべてつながっている。
『魔法』だけにこだわって考えていては決してそのことにたどり着くことはない。そう、この『現実世界』だけで説明しようとする『科学的思考法』ではたどり着けない――
「そしてまさかと思ったよ。私が無駄だと思っていた『吸収』がこんなところで必要になるなんてね――!」
『吸収』について、無駄としか思えないが説明しよう。物語の解説はしなければならないから。
まあこれはいわゆる魔法石というものだったり、パワースポットだったりという言葉を想像してくれれば良い。要は『魔力が溜まっている』物を想像してほしい。
『魔力が切れる』や『魔力を補給する』という言葉でもいい。魔力を流れる水のように扱う。この方法は『GAS』方式と呼ばれている。
だから『吸収』とは『魔力』を集めると言うことなのだが、消費されるはずのエネルギーが一箇所にとどまることは現実世界でははっきり言って不可能だ。では魔力はどこに溜め込まれているのか。
ここで『魔界』というものが必要になってくる。
『魔界へのゲート』。
『魔界』から『ゲート』を通して『魔力』が『現実世界』に放出される。それが『魔法』。
ならば『吸収』はその逆。『現実世界』のエネルギーを『魔力』として『ゲート』を通して『魔界』へ送り込む。
では今度は『ゲート』について考察しなければならない。
ある条件を満たしたとき、エネルギーを『放出』し、ある条件を満たしたときにエネルギーを『吸収』する。
……これって、あるものに似てると思いませんか?
現実世界。
都会の超高層ビルから落ちていく少女。
その頭は地面に向かい、その体はビルの壁をすべるように落下している。
意識の半分を『魔界』においてきた彼女。
まもなくビルの高さの半分。
重力加速度9.8m/s~2。
つまり間もなくアスファルトで真っ黒に染め上げられた大地に、赤い脳汁をぶちまけることになる。
しかし、魔界に時間と言うものはあるのだろうか。
そして、彼女は――
「『マクスウェルの悪魔』――」
1867年ごろ、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した思考実験。その実験で想定される架空の、働く存在。
その仕事は、限定されたエネルギーの移動。
「そういう存在なら聞いたことあるかな? 例えるなら、『熱い珈琲に氷を入れても氷を溶かさない。珈琲の温度が絶えず上がり、氷が絶えず冷え続ける』っていう馬鹿らしい状況を作り上げる存在ね」
魔法が悪魔により作られている可能性――
『マクスウェルの悪魔』が『魔法』の『ゲート』である可能性。
「その『マクスウェルの悪魔』が持っている『ゲート』は『魔界』と『現実世界』をつなぐ。つまり、【『マクスウェルの悪魔』がいなければ『魔法』は使えない】ってことね。これが――【『魔法』を使う】一つ目の条件」
外的条件。
『魔法』を使うためには『魔力』が必要で――
『魔力』は『ゲート』がなければ『現実世界』にやって来れない。
「二つ目の条件――これはね、あなたのトリックに関わっているの」
では仮に、その存在がいたとして――魔法は使えるのかどうか。
そしてこれこそが、【魔法使いの条件】。
「【『マクスウェルの悪魔』に『ゲート』の使用を許可してもらう】。そういうこと。具体的に、分かりやすく言うと――」
「【魔法を使う強い意思があること】」
「これこそが――魔法の法則。【マクスウェルの悪『魔』による魔界エネルギーを現実世界に発生及び変換方『法』】――だよ」
その結論こそ、悪魔じみているのではないだろうか。
……と、ここまで『CPS』による魔法史を根底からひっくり返すような説明があったが、しかし物語はそういうことは関係ない。
『CPS』と『ELSE』の戦いの結末――
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
この叫び声は『CPS』のものではない。『ELSE』の叫び声である――『ELSE』?
ちょっと待て、その少年は精神をのっとられていて、その精神は物理エネルギーとして操られていたのだから――
この少年は、『誰』だ?
『ELSE』ではない、これはただの少年だ。
「……あっ」
気づいてしまった。
『CPS』が『ELSE』と思って葬っていた人間は――まったく関係のない一般人だったのだ。と。
しかしもう遅い。
魔力しか存在できない魔界において、人間の体――クォークとレプトンの塊は、崩壊するしかない。
叫べただけでも幸運だろう。
――幸運?
何を言っているんだ?
その叫び声で『CPS』は気づいたのだから。気づいてしまったのだから。
自分の――罪に。
「えっと、えっと、えっと、え……?」
混乱。
人を一人――『殺した』ようなものだ。
自分がただ『勝つ』ためにやっていたことが――まさか他人の命を奪うなんて。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ! だあああああああああああああああああああああああああっ!」
『ELSE』ではない、もともとの肉体所持者の人格。その人格をもって、その少年は叫ぶ。
自分はなぜここで死ぬのか、と。
理不尽な死に方は――御免だと。
しかしやはり現実は常に非情である。
たとえそれが――魔法であったとしても。
「――呪ってやる!」
「そんな……嘘……」
『CPS』という水色髪の少女は、アスファルトに頭をぶつける寸前に『S1』でそのダメージを0にした。
それだけを見ればいいことずくめだったのだろう。
ただ。
「少し、黙ってろよ」
――昔浴びせられた言葉が、脳裏に浮かぶ――トラウマ。
「うぅぅぅ……がああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
ここで、その『CPS』の人格はもう一度作り直される。
ここでも、魔法は関係なく。
――この後、乱心状態となった『CPS』は目についた人を手当たり次第に『SPC』の世界に引きずり込んだ。それも、『ELSE』のように肉体ではなく、精神だけを引きずり込むと言うのだから恐ろしい。
いや――恐ろしいのはそれを『放置』した『魔法行』かもしれない。流石に『魔法行』と言えど、『CPS』が発明した『SPC』に対抗できる魔法は持ち合わせていないということだ。
『SPC』は、『ゲート』にそのエネルギーを送り込む、『吸収』に良く似た魔法だ。クォークとレプトンだって、波、力、それらで出来ているため、『ゲート』の中に送り込めると言うわけだ。
それは『魔界』も巻き込んだ、『最終魔法』と呼ぶにふさわしい魔法だ。
さらに『CPS』はその精神において『魔界』から『悪夢』を魅せることも出来るようになった。『魔界』のヴィジョン作成、それを精神に魅せる。彼女はこれからも、『魔界』での可能性を探るのだろう。
彼女が魔法使い最強だと言うことに変わりはないのだが。
しかし――この出来事よりもずっと後の話だが――その『SPC』を攻略した人間がいた。彼の名を――平等轆轤と言う。
彼とであった後の彼女は、とても溌剌とした人格となるのだが――今からその出来事を語るつもりはない。
ただ、そのとき出来事で、『CPS』は――彼女は、泣けるようになったということだけは、語っておこう。
――ああ、そうだ。『CPS』の幼少時代に起こった彼女の出来事についても、いずれ語らなければならないのか。
第4章・終
第一話・完
あとがき
魔法という言葉を聞くとやはりファンタジー的なものを少なくとも僕由条は想起するのですがより親しんでいるはずの科学というものを聞いてもファンタジーを想起してしまうのは一体どういうことなのでしょうか。この虚魔法戦線というものを書くにあたって少なくとも平均的な一般人よりも量子力学というものを理解できているかはともかく勉強しましたがやはり今思い出してもファンタジーにしか思えません。まず粒であり波であるという状態が全然全くこれっぽっちも想像できません。言っていることはわかるけど想像できないというか。でもそれを言ったら魔法も同じようなもので科学を超えた力があると思い込めば魔法は存在することになるのですけど想像と認識の境目を浮遊していると言いますかそういう感じがします。つまり人間が普通に生活するうえで科学だとか魔法だとかそういうことはあまり関係ないのかもしれません。あくまで一人の地方高校生の意見ですけど。科学者にでもなればまた違ってくるんでしょうか。或いはカルト教団へ出家すれば。
今回の虚魔法戦線を書くにあたってまずは学校や市立の図書館の量子力学に関する新書が一番世話になった気がします。また、人間としては科学部の先輩の『ハルミトン』さんですかね。彼によると僕の方法があれば魔法は存在できるとのことです。もっと頭の良い人がいれば袋叩きに遭いそうですけど……ほら、『虚』魔法戦線ですもん(言い訳)。
さて、改めて言うことじゃないと思いますけど理系な僕が小説を書こうと思って書いてみたら相当『痛く』なってしまったのですがここまで読んでくださり本当ありがとうございました。次話は主人公変わって10歳の魔法使い少女になると思います(魔法少女ではない)。では、このあたりでまずは僕の第一作目『魔法使いの資格』。読んでくださりありがとうございました。乱文失礼しました。