第2章 人間の精神
魔法の仕組みを理解した『CPS』と彼女の恩師『MWM』の戦い。
第2章 人間の精神
「どうしましょうか? 『3N』が負けましたよ?」
「どうしようも何も――だからこの案件は『尋常じゃない』ってことで、次の段階にいくだけでしょ」
「……いや、それにも時間がかかるんですって」
「じゃあ、俺が行ってきましょうか?」
「この、『CPS』の恩師たる、この俺が」
「さてと」
彼女、『CPS』と呼ばれる彼女は、ある本屋の前にいた。
小さく寂れた本屋だ。
店主はおそらく、オジサマで、根っこは優しい人なのだと思う。
……これはただの想像で根拠はないんだけどさ。
「ここらで少し休憩しますか」
本屋で休憩するというのも妙な話だが、と思った。
入店。
やはり古い本屋らしく、趣のある雰囲気だ。
見れば60年代の漫画もあるじゃあないか。やはり古本屋か。
古本屋は嫌いじゃない。昔の思い出を程よく感じさせる。
「……はぁー」
見たことのある人物が目の前に現れた。
まったく面倒なことに。
「久しぶりだな――『CPS』」
「どうも、『MWM先生』。お久しぶりですね」
私はそこにいた男性を睨みながらそう言う。
「こんなところで何やってるんですか? 魔法の研究は生徒に任せっぱなしですか?」
私はその男性に――『MWM』に言う。
「いやいや――こんなところでなにをやっている、はこっちの台詞だよ。一体どうして抜け出した?」
「あー……まあ、なんと言うんでしょうかね。まあ私という生徒のことは忘れちゃってください」
明らかにかみ合っていない会話。
それ以前に、なんと言うか――逃げているような返答。
「答えになってないぞ。それに――」
『MWM』が呆れてそう言う。
こちらを――睨みながら。
「脱走は重罪、知ってるよね?」
「知ってますよ? ――捕まらなければ、罰は受けませんけどね」
「――前例はまったくないんだよ?」
「じゃあ私が第一号ですね」
「……」
本当にかみ合っていない会話だ。
罪をわからせようとしている大人。
罰を受けたくない子供。
正しさで言えば、絶対にこの男性のほうが正しい。
「で? なんですか? いまから私を連れて行くんですか? 魔法施設に」
あ、いや、拷問施設ですか――と彼女はとぼけて言う。
「いや? だから上のほうからはこういわれたんだよ。『超危険因子につき物理的攻撃禁止』って」
「なるほどねー……」
『3N』との戦いで少しは上のほうも学んだようだな。と彼女は思った。
実際、『物理相殺』を魔法で行われたら、実際魔法では打つ手がない。
純粋な物理的エネルギーをシンプルに魔法で生み出せる人間なんて、そうそういないからだ。
なぜなら――
「っていうかさ、魔法はもっと、無駄の多いものじゃなかったっけ? ――そんな物理エネルギーだけを放出する方法なんて、ないはずなんだけど」
「それはただ単に魔法を上手に使えてないだけなんじゃないですか?」
挑発するように、しかし当然のように『CPS』はそう言う。
とんでもないことだ。かの有名な基本防御魔法『S1』だって、物理的な運動エネルギーのほかに、光エネルギーまで出していたのに。
魔法というものは無駄がないように思えて、実際は無駄が多い。否、ほとんどが無駄と言って良いだろう。現実で無駄を削っていく風潮があるのとは逆に、魔法においては、無駄を未だ削れてはいない。
なぜなら、これまでの長い歴史、そのような無駄な魔力は形式美として捉えられ、パターン化されていったからだ。
それを省略することは、現代においてはとてつもなく難しい。
誰も出来ないくらいに。
「……そんで、『つれて帰ること』とも言われている」
「そして拷問ですか?」
首を横に振る『MWM』。
「『優秀な魔法使いにつき賢者として保護される』らしいよ」
「――『賢者』」
『賢者』とは、まあ、私こと『CPS』が『賢者』となったとき、『賢者CPS』と称号――名前が変わる。
いや、これではぴんとこないか。
まあ――現実的には、一生遊んで暮らせる地位に立つことが出来るということだ。
魔法結社は財閥なんて目にもないような、財力を持っている。世界中で値段のついているもので買えないものはないというくらいには。
不自由なことが何一つない、その地位を与えられることがどんな意味を持つのか――。
考えるだけでそら恐ろしいことはない。
「……生憎だけど、本当のことだとは思えないわね」
私『CPS』は言う。
「残念だけど。私はもう結社に戻ることはないわ。理由のほうは詮索しないで頂戴」
「……そう、か。」
残念そうに彼、『MWM』は言う。
「残念だったよ――『もし反抗するのならば、物理的攻撃以外で無理やりにでも仕留めること』っていわれているからさ……!」
私がこの結社――『魔法行』に入ったのは、生まれてすぐのことだった。
いや、もう両親もこの結社に入っていて、生まれる前から入ることは決まっていたらしい。
まあ、常識的に考えて、そうだろう。この魔法結社に入るという時点で、もう正式な戸籍からは除外されているようなものだから。結社で生まれたら、結社で育つ。それ以外に方法はないだろう。
だから、私は、普通に魔法使いとして生活し、魔法使いとして育てられ、魔法使いとして教育された。
それ自体は現実世界で暮らすのとなんら変わらないことなのだと思う。
クラスメイトの恋愛、体育祭に文化祭もあった。模試、受験、テストで一喜一憂することもあった。
そんな世界……拒否する理由なんてないはずだ。
だけど私はその世界を拒否した。
こんな考えにいたる人間は少ないはずだが、万が一ということでそんな人を捕らえる人間がいる。それも、機密保持という理由で。それが前に私を襲ってきた彼女だったりするわけだ。
では、それで捕らわれなかった人間は?
そういう問題。
「……何を言ってるのかさっぱりなんですけど。物理攻撃以外で攻撃する?」
「うん。そうだね」
「馬鹿馬鹿しい。変な言葉を使うなんて、先生らしくないですよ」
そう言って、私『CPS』はその本屋から立ち去る。
――ことは出来なかった。
「あ、あれ……?」
足が、動かない。
別に物理攻撃は受けていない――『S1』は皮膚細胞満遍なくかけているから、私の移動方向と逆のエネルギーで相殺させたということも考えられない。
「だから、物理的攻撃以外だよ」
「…………」
その言葉で私はようやく理解する。
一体、何をされたのか。
「……解説はお願いしますよ」
「ああ――格好よくな。任せとけ」
敵に任せる。
ああ……面倒くさいことになった。
「まあ単純なことだよ――」
そう言って、私の元教師、言い換えるならば恩師と言うべき人、『MWM』は本棚から一つの本を取り出した。
この店のラインナップから推察するに、どうせ古風な小説なのだろう。
ただ、そんなことはどうでもいい。
「魔法っていうのは、つまるところ、魔力を物理エネルギーに変換するってところに尽きる」
その本を開く。面倒くさい。そう思って目を逸らす。
ここで気づいたことなのだが、この店はこの古風な外見に対して、しっかり新作ラノベなんかも入荷しているようだ。
……なんて暢気なんだろう、この私は。今は敵に主導権を握られていて――
こちらといえば動くことも出来ないのだから。
「その変換の行程にはなんとも無駄なことが多いんだよな――まあ、そっちの方が見栄えはいいんだけどな」
魔法陣だって、ただの飾りに過ぎない。
杖だって、本当はいらないのだ。
「まあ、つまるところ物理的なエネルギーへと変わるんだけれど――」
魔力を物理エネルギーへと変換する。これが魔法使いの唯一の仕事だ。
魔法を上手く使うということは、つまりどう変換するか、その技術に尽きる。
「じゃあその――物理エネルギーって何だ? 現実の世界では、核、化学、光線、電気、運動、熱っていう感じに、六種類に分類されるらしい。魔法も、魔力をこの六つのエネルギーに変換するって考えられるよな」
物理の授業。現実でも中学校の物理の授業でちゃんと習う――現代では核エネルギーについては書かれていないのだが、時間の問題だろう。核で始まり、熱に終わる。それがエネルギーというものだから。
では、魔法も当然それらに変換することが出来るのだろうか?
「だから、今回、魔力を、電気エネルギーとして変換して――あんたの足の神経細胞を少しばっかり麻痺させただけだ」
電気エネルギーは、つまるところ電子の流れ。魔力で、電子を、動かす。簡単な理屈だ――
それが実現するかどうかは、またまた別の問題になるのだが。
しかし、人間の体は微弱電気で動いている肉のある機械に過ぎなくて――そして『CPS』も、魔法使いといえど、人間ということに変わりはないのだ。
肉体は――ただの十九歳少女。
「魔法はこういう風に使うものなのだよ――わが生徒」
「いや……まあ、そういうことはいいんですよ別に」
解説に感謝することなく、私は言う。
「ああ、私の言い方がまずかったんですね。なんか変な言い方になっちゃってすいません」
「……? 何を言ってるんだ? わが生徒」
本当に疑問だ、というように私の元恩師、『MWM』は言う。
しかし普通に考えて、『CPS』が『MWM』に対して何を言っているのか理解できる人間は少ないだろう。それは、魔法的に考えても、理解することは難しい。
「しっかし、トンデモなこと言いますね。あの太陽は核の力で出来ているんですから――つまり魔法使いは頑張れば太陽でも作れるんですか?」
「ええ――そうですよわが生徒。その場合太陽分の魔力が必要ですけどね」
「そりゃあまあ、大変ですね」
「確認するのはそれだけでいいのか? 既に勝負は終了チェックメイトなんだから、あと2、3個質問してもいいんだぞ?」
「勝負? 何言ってるんですか……勝負らしい勝負なんて成立してないじゃないですか。こんな本屋の中ですし」
その通り。いくら魔力を上手に使って、電気信号を送り込み、足を麻痺させるという芸当を達成していようと――端から見ればただ二人の人間が喋っているだけだ。
勝負らしい勝負など――何も起きていない。
つまり、『CPS』はまだ負けていない。ポジティブに考えるならば、そう捉えることが出来る。
そして実際――この逃走劇は成功するのだから、ここで勝負をするならば、絶対に勝つのだ。
勝負が起こらない限り、この状況は変わらないのだし――
「そうだね――じゃあってところかな。終了チェックメイトになるのはもう時間の問題だろうけどね――」
「? どうしてですか? 私はこの状況――まったく詰まされたとは感じていません」
「――そういう虚勢はいらないよ。だって――」
「『超危険因子につき物理的攻撃禁止。危険な魔法使いにつき説得を試みること。もし反抗するのならば、物理的攻撃以外で無理やりにでも仕留めること。この任務に成功した場合、あなたを『賢者』として待遇する』」
彼、『MWM』に与えられた任務を、読み上げる。
相も変わらず足は動かないし、彼は本をずっと見ていたが――
ぱたっ。
「――本は大切に扱いましょうよ、先生。」
見ていた。しかしそれは視界に入っている、という意味だった。
今の彼が見ているものは――虚空。
『MWM』が驚愕を表す――その前に『CPS』は歩いた。
歩いた。
「本は人生のご飯だって――ポスターに書いてありましたよ」
本を拾い上げ、『MWM』の手に戻す。
にやっ、と彼女、『CPS』は微笑した。
「――な、なぜ!? なぜ私が受けた任務を一言一句違わず知っている!?」
「え……いや、ほら。当然」
「当然なわけ――」
「先生」
威圧。されたのだろう。『MWM』は言葉を失った。
「本屋では静かに――ですよ。先生」
「――っ」
三歩歩き、棚から一冊のライトノベルを取り出す。
そしてそれを、姿勢よく開き、読む。
大事な武器のように――魔法使いの、杖のように。
「じゃあ、こっちからその解説していきます。先生が今疑問に思っていることを」
解説。
それは――
「なぜ、先生が受けた任務が私に分かったのか――」
ラノベを読みながら、先生、『MWM』に語りかけるように話す。
片手間で解説しているのだ――『MWM』がやったように。
しかし威圧感というのか、その場所の空気はもう完全に、『CPS』に支配されていた。
「まあ、先生がさっき言ってましたよね? 魔法とは――『魔力を物理エネルギーに変換する方法』なんです。そこは私の研究でも分かりました」
……注釈をつけておくと、そのことはごく一部の魔法使いしか知らない。数値で言えば1%にも満たない。研究してそのことが発覚したというのも、とても稀なことなのだ。
魔法学校の生徒なんかそんなこと知らないし、また、そのことよりも面倒くさいことをいちいち覚えている。『CPS』はそういうのを積んできたが――洗脳に近いその教育を積まされたが――その後、独自研究でここまで理解したのだ。
それは、『CPS』の優秀さをあらわしているのだが――
「驚きましたか――先生。まさか私が、ここまで研究できているということ――知らなかったでしょう?」
そう。
まさか自分の最先端の研究成果を、生徒は独自研究でそこまでたどり着いていたとは、夢にも思うまい。自らが最先端でいたいという意識が――それを想像させなかった。
「まあ、いろいろ大変でしたよ――時間は、あんまりかけなかったんですけど。でも、だったらその後は簡単ですよね」
時間というのは。
魔法学校を修了して、ここまでの時間。
もちろん、『MWM』のほうが長い――それも10年以上。
『MWM』にとって、その事実は屈辱以外の何者でもない。
「魔法は『魔力を物理エネルギーに変換する方法』、つまり――『脳の生物電気を読み取ること』だって出来るわけですよね?」
人間の脳は、突き詰めればニュートロンとシナプスの電気反応で出来ている。
電気信号を読み取って、人間の記憶にある五感での感覚を、再現することだって出来るのではないか。現在の科学では出来なくても――否。きっと現代の科学では出来るのだろう。ただ、コストと倫理の問題。魔法ではコストなんてないし、倫理なんて、マッドサイエンティストには関係ない。
狂っているかはともかく――この『CPS』、『MWM』も研究者。マッドマジカリストというのだろうか。
そしてこんな狂った考え方、それを思いついたのは――
「あなたが先に言ったことですよね? 電気って重要ですよねー」
電気というのは、電子の動きのこと。
すべての物体は物質の混合で構成されている。すべての物質は複数の分子で構成されている。すべての分子は複数の原子で構成されていて――
すべての原子には、電子がある。
世界の構成。
電気を操るものは、最強と云う。魔法という恐ろしい力で――
魔法使いは最強となる。
それは、単なる言葉遊びではなく――!
「ああ――無駄ですよ。私の脳味噌を電気信号で操ろうなんてこと」
それは、明らかな終了宣言チェックメイトだった。
「既に、『魔法を使おう』という意識をつかさどる所を、私は支配しちゃってますから」
魔法。
さまざまな考察が飛び交っている現代だが、それは『魔力を物理エネルギーに変換する方法』と突き詰めることが出来る。魔力というものが、果たしてどんなものなのか……それはまだ今のところ『CPS』は知らないが――では次の段階はどうだろうか。
つまり、『変換』の過程。
それは、イメージ。意識の問題。
意識をして、その魔法を生み出す。
それを想像して、魔法を発動する。
そこには魔力の回路があるのだろう……特に意識することはない、そういう回路。
無意識にも意識にも介入して起きる法則。
つまるところ――『思うとおりに発動する』と言うことである。
魔法学校に入学したての子供が魔法を失敗するのは、ただ単に、魔力の無意識的使い方がわかっていないから。そういうことで、ただ単に、生み出せる魔力が少ないということだ。
そして。
魔力を使いこなせる魔法使いは、どんな魔法でも使えるのだ。
「な……ん……?」
「だから意識ですよ。意識は意識と無意識に分類できるそうですが、この場合無意識を支配してます。さすがに考える部分を支配したら……可哀想でしょ?」
その言葉は、『MWM』を敗北させるには十分だった。
しかし、研究者の悲しい性か――『MWM』は諦めなかった。
意識では。
「ふ……ざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
人差し指を『CPS』に向ける。
本来、その指の先からは銃弾か、レーザーか、そういう飛び道具系の魔法が現れるはずだったのだろう。そしてその魔法は、『CPS』を倒せるだけのものだったのだろう。
しかし。
何もおきなかった。
「……ま。魔法はもう意味がないということで……念を入れて」
くるり。と『CPS』は『MWM』に背を向けて、歩き出す。
その瞬間。
『MWM』にはその光景が見えた――その絶望的な光景が。
本棚をいくつも所有したことのある人間なら経験したことがあるかもしれない。本を読むのが大好きで、本をたくさん買った人ならわかるかもしれない。
そう――本棚が、倒れてくる。
「さようなら、先生。もう会いに来ないでくださいね……」
「いや……物理で殴ればよかったじゃないですか」
魔法結社――そこは外から見れば学校にしか見えないのだが、魔法使いが在籍する学校と考えればそれは納得のいくところ。
夕暮れでオレンジに染まった教室。見るものにとってはとても変わった風景だ。
そこには白衣姿の青年と――白いシャツに短パンと、非常に薄着な少女がいた。
「いやー。とても恥ずかしいことしたなあ……」
「いや、恥ずかしいどころの話じゃありませんよ。この私『3N』でもそのくらい思いつきましたよ?」
「……まーわが生徒の研究がそこまでいっていたことには驚いたよ。俺の研究もまだまだだった、ってことだよ」
「話をそらしても格好良くありませんよ。それ、弱者の言い訳ですよ――『MWM』らしくもない」
なぜ『3N』が思いつけたことが、より魔法が使える『MWM』が思いつけなかったのか。
『MWM』は『本棚が倒れてくる幻覚』を見た後、しばらく気を失っていて……そしてその足でこの『学校』に戻ってきたのだ。つまり戻ってきて生徒にダメだしをされているのだ。同情してもいいと思うんだ。
「言い訳をさせれもらうとね」
「言わなくていいですよ……『頭に来た』でしょ? 先生の評判を落とすつもりはないですから」
「ははっ。それはありがたい――」
……この会話はこのあたりで聞くのをやめておこう。それ以降は聞いても意味がない。
意味――それは伏線。
伏線というよりも、『手がかり』と言ったほうがいいだろうか。
この物語での最も重要なこと――それについての手がかり。
第2章・終
第3章へ続く




