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第1章 腕力の世界

逃亡者『CPS』を追う『魔法行』からの刺客『3N』とのバトル。

 第1章 腕力の世界



 私の名前は『CPS』って呼ばれてるんだよね。

 なんかなんだっけ、医療機器にそういう名前のやつがあった気がする。

 でもまあ、そういうことはどうでもいいか。

 本当に重要なのは、『誰に』そう呼ばれていたのか。

 それは――

「……うぐぁふっ!!」

 不意に後ろから現れた衝撃で倒れた。つまり、後ろからキックをかまされたってことか。つまり、油断していたってことか。

 今先ほど私が蹴られたその場所は廃墟の一室。今は使われていないオフィスビル。

 その部屋でご飯を食べていると急に後ろから蹴りを入れられた。

 冷やし中華。コンビニで買った。半分以上無駄になった。

「……この程度の奇襲にも気づかずに素直に蹴られるなんて、案外……雑魚ね」

 と、私を蹴った人物は、私の頭を片足で踏みつけながら言う。

 ……痛い。

「雑魚で雑魚で雑魚で雑魚で……ッ!! 本当つまんない……手ごたえなさすぎッ!」

 雑魚とはなんともひどいいわれようだ。

「こんなに弱くて弱くて弱くて弱くて弱くて…………っ!」

 悔しがっている――というか、イラついてるようだどうにも、彼女は――そう、私の頭部を親の仇のように踏みにじっているのは、短髪黒髪で白シャツスパッツと、どうにも身軽な少女。しかし、額に精密画のように彫られた刺青がそんなかわいらしい顔を歪めている……。

 まあ、眉間に皺が寄りによっているからかわいらしいも何もないんだけど。

「う。うぐぅ……」

 ここで軽口を言おうとしたけれど、口は床にべっとりくっついている。

 結果、唸るような感じになった。

「んん……いや、人違いの可能性あるね。すまないけど、あんたは誰?」

「うご、うごご」

「あ、喋れない? じゃあ……」

「ふ、ふおっ!!」

 上着をつかまされて宙吊りの体制になる。あれだ、猫が子供を宙吊りにしてる感じ。

 でもこれで口元は楽になった――けど肺がちょっと苦しくなった。

 胸がなくて助かった、と思った。

「……あんたは、脱走者か?」

「……その前に質問を返すようだけどこっちから質問。あなたは誰? できれば『役職』から言ってくれない?」

「あー? てめえ」

 そう言って私を握っていた右手が瞬時に私の胸倉をつかむ。

「あーはいはいはい……そういうクチを聞くような人間ってことは、やっぱりあんた――脱走者か」

「……そりゃあどうも」

「じゃあ」

 魔力の気配。

 一瞬、ビビる。

 気づけば、壁と背中がくっついていた。

「……こうやって」

 が、はぁ――絶息。ブラックアウトしかけた意識を回復させる。

「痛めつけて痛めつけて、あんたを再起不能にしてから、連れて行けと言われている」

 ……そういうことねぇ。なるほど。




『魔法行』。

 それは魔法を持つもの全員が所属する一つの機関である。

 その機関では魔法の研究、魔法の実験、魔法に関するすべてのことについて管理している。

 ここで注意すべきことは、『その機関には、この世界に存在する魔法使いの全員が所属している』という文言だ。

 つまり――その機関は、魔法使いを『閉じ込める』ための機関でもあるのだ。

 魔法というものは、現代科学では解明できない、物理法則をふっとばした法則だ。

 それは、ある時代、ある人々から神の業ともいわれる。

 だから――魔法を機関の外に出すわけにはいかない。

 魔法行非常事態科探索第一執行部。

 その部署の目的は、『魔法行』から逃げ出した人間に対する、拷問を超えた死刑。




「んー? どうしたー? もしかして死んじゃったー? シンジャッタンデスカー?」

 茶化すようなけなす声が聞こえる。

 大丈夫……心臓はちゃんと動いている、呼吸もできる、体力はある。

「ま、ここで気絶でもしてたらそれはそれだけってことで……一応、ぶっ飛ばしておきますか」

 今度は長い、魔法の気配。

 長いということは、それだけ強力ということ。

 目を開ける。

「……ははー、起きたぁ? 今から私がやろうとしていることを具体的に説明するとね――あんたを、この廃ビルごと再起不能にする」

 黒い、いや茶色いか? 彼女の右拳に――オーラといえばわかりやすいだろうか――『魔力』が集まっている。

 きっと、彼女の言葉に偽りはない。きっとこのビルは崩れてしまうだろう。

それも木っ端微塵に。

「……じゃあ、しばらく眠ってもらうよォッ!!」

 彼女は私の顔面めがけてその重い拳を叩きつけた。




 もちろん、魔法使いである私もその機関、『魔法行』に入っていた。

 物心つく前から、私はその機関にいた。

 別に、悪い気はしなかった。

 むしろ、居心地がよかった。

 しかし――


 飽きてしまった。




「……はァッ!?」

 彼女が次に発したのは、驚愕の声だった。

「なんでよ……!」

「何でも何も――私も、魔法使いなんだって。結局言わなかったけど」

 彼女の拳にあったはずの魔力は、すでにそこにはない。つまり魔力はすべて使われたということ。

 しかし――私は無傷だ。

「ガード、といったほうがわかりやすいかしら?」

「ガー……ド?」

「或いはバリア」

 驚愕して前後不覚に陥っている彼女を見ながら、私はゆっくりと立つ。

 彼女は一瞬気圧されたようだが、すぐに後方へジャンプし、魔力を右拳に再度チャージする。

 そして、にやりと笑っている。

「ふふふ……ん。なーかなかやるじゃーん? 私の拳を零距離で食らっておきながら、それをガードする……ねぇ」

 魔力が溜まる。圧倒的パワー。

 私は答える。

「ガードくらい魔法学校の実践で簡単なのは習うでしょ? 応用すれば――いや、しなくてもこんなの簡単だよ?」

「ははーぁ。なーるほど……だったら、それの弱点を突けばいいわけねー」

 ……魔力の溜まり方が、さっきと若干違うか?

「弱点……」

 心当たりは、ある。

 それは一面しか展開できないということ。

 そして、次の展開に5秒ほどかかるということ。

「連射ッ!!」

 茶色の魔力の塊がこちらに向かってやってくる。

 その数、5つ。方向は違う。しかしすべての弾が私の心臓を狙っている。同時に。

 上から1つ。右から3つ。左下から1つ。絶妙な感じでガードがしにくい。

「でもこれで終わらないよ!」

 とか。さらにフェイク方向も混じった直線的な7WAY弾。

 合計12弾か……。

「でも、だったら」

 まず――自分の後ろに垂直方向に、さっきのガードの陣を展開する。

 周りに不可思議方程式「S1」を連ねたものに、中心には歯車のようなもの。その歯車の中心にも魔法暗号が書かれている。

 そして右下前に転がる。

 これにより、5つの弾(拳)を後方の陣と相殺させる。すべて自分に向かって飛んできた弾なので、一転に交わるように撃たれている。うまい具合に相殺。

「くぉ――」

 しかし少しは爆風が来る。ちょっと調子が狂う。しかしそうも言ってられない。

 次は7WAY弾。しかしこれはもう既に避けてある。なぜなら、転がったところはその弾の軌道から外れているからだ。直線的に飛んできていたのでちょっと長く避ければ避けられる。

「拡、大っ!」

 そしてすでに張ってある防御魔方陣を――大きくする。

 7つの魔弾すべてを相殺。

「ふぅ……」

 少し息をついて、再度彼女と向き合う。と、魔力をあえて暴走させているような、そんなオーラで。

「予想通り、ね……! 心置きなくぶっ飛ばせる相手……!」

 超ガン飛ばしてるんですけど。

 あとかなり悪い奴みたいに笑ってるんですけど。

 まあ、こちらも相対する以外ないんだけど。

「とりあえず教えてほしいことがあるわ」

 私は言う。

「うーん? 今からぶちのめされる前に何言ってんの? 命乞いなんて聞かないよ?」

「あなたはどこまで命じられている?」

「……ああはいはい。この場所でおっ死ぬのかってこと?」

 彼女の役職を言うとしたら……魔法行非常事態科とかそのあたりだろう。簡単に予想がつく。

 しかしおそらく、これほどの魔力保持者だと、もっとぶっ飛んだ任務を命じられているのだろう。いや、逆か。ここまでしてくるのだから、それ以上があるはずだ。

「はっ。お偉い方はこう言ってたよ――『見つけ次第捕獲。しかし万が一の場合殺害してもよい。回りに被害が及んだとしても、こっちで後処理はする』――だってさ」

「……一体どっちが悪者なんだか」

「知るかよ。とりあえず――私はこの任務をやる意味を既に見出している。あんたは、十分に危険人物だ。私の住む魔法世界においてのな。だから同情を誘おうなんて手は通用しないよ」

 その言葉に――嘘はないようだ。と思った。

 しっかし厄介だな――あの子はメンタルもフィジカルも強い。

 おまけににマジカルも強い。おまけとして考えられないほどに。なんてこった。

 この場合強いというのは、単純に魔法のパワーのことである。

 やはりこんな廃ビルなんて彼女の言ったとおり一振りで木っ端微塵になるだろうし、かのエベレストだって吹き飛ばして――殴り飛ばしてしまうかもしれない。魔力は突き詰めれば、地球だって破壊できる力を持つのだ。

 現代科学の、核爆弾と同じように。

「まぁ……私も自分の身がかわいいからね」

 反撃――攻撃しなきゃいけない。

 生き延びるためには。

 自分が犯した罪の大きさくらい、わかっている。

「ふん。じゃあ与太話はこのくらいにして……さっさとはじめるよ」

 ぐぉん。どうやら本気モードに入ったらしい。そんな感じがした。

 魔力は先ほどの連射弾の比ではない。ゆうにそれの百倍はあるだろう。百倍なんて頭の悪い子供のようだが、そう思えるんだから仕方がない。

 つまり、単純にこの廃ビルの百倍の強度を誇るビルが、木っ端微塵になるくらいの力が、あの拳に存在しているということ。

「とりあえず、私も何か武器がいるかな……いや、ここは魔法使いらしく呪文詠唱するかな」

 しかし私は至極冷静に――そう呟いた。

「そんな詠唱なんて面倒なこと――小学校で卒業してろよ」

 前方に人影がない。

「後ろががら空きすぎるよ――ッ!」

 後ろか――しかし気づいたときにはもう遅かった。

 とてつもない魔力を一瞬未満の時間感じて。

「――世界破壊拳」

 後ろから、この廃ビルの百倍の強度を誇るビルが木っ端微塵になるくらいの、物理エネルギーを背中にぶち込まれた。

 普通の人間だったらここで死んでいただろう。いや、普通でない、異常な人間だって死んでいるだろう。そうでなければおかしい。

 いや、そもそも地球という世界的、宇宙的に見れば非常に扱えるエネルギーが少ない小さい惑星でこんなパワーをもっている存在があること自体おかしいのだ。

 それもひとえに、魔法の力――。

「……いやあのさ。普通主人公の変身中には攻撃しちゃだめでしょ」

「!?」

 しかし私は無傷。

 吹っ飛んですらいない。

 しかも普通に考えれば衝撃波で窓ガラスなんて割れてそうなものだが――一枚も一ミリも割れていない。

「う、嘘ォ!!?」

「ここからは応用なの。単純な応用、『S1』は単純な魔法でね、要するに、『その範囲に来たエネルギーをすべて0にする』って魔法なんだよ」

 白い光。魔法『S1』の光が、私の体からうっすらと出ていた。

「第一、そういう基礎魔法の制限なんか、私ならとっくに解決――解除してるって」

 私の発言で固まった彼女をこちらも魔法で吹き飛ばす。ただ、それは彼女がやったような強い魔法ではなくて、ただ遠ざけるだけに使う弱い魔法。怪我を負わせたりはしない。

「説明をすると――私はこの全身という全身の皮膚細胞一つ一つに『S1』の魔法をかけている」

「な……ん……?」

 理解できないのも無理はない。彼女の常識では『S1』は『一人の人間が複数展開することは出来ない』のだから。

 そして、彼女はそれを前提としてこの任務に臨んだのだろうから。

 彼女はそのことを――今までの戦いに取り入れてきたのだろうから。

「とりあえずこれでチェック終了かな」




「とりあえずこれで終了チェックかな」

 そう言って私は置いている荷物を置いて廃ビルから出ようとした。

「ま……」

 出ようとしたが、彼女のつぶやきに止められた。

「待てやこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ――魔力の感覚!

 彼女の周りの床が陥没した。

 そして気づけば目と鼻の先に彼女はいた。

「うおぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 さては――足の裏に魔力を集中させたかっ!?

 そして魔力の何もない、ただの拳で――殴るッ!!

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 私はそれを間一髪、避けて、すぐ逃げる。

 しかし逃げきれるはずがない!

 確かにあの魔力をすべて両足に溜めて、一瞬で放出させれば、ひとっとびで私のいる場所に行くことが出来るだろう。

 そして私はこれから逃げ切れる――はずがないだろう!

「逆バッタ状態かよ!」

 バッタを追いかけると逃げる、今回は逆だ! 追いつかれるに決まってる!

「――遅い」

「!?」

 あわてて瞬間『S1』を右手で防御。

 しかしそれは――魔法にしか通用しない防御だということを、直前まで忘れていた!!

「ぐほぉッ!!」

 壁まで吹っ飛ばされる。本日二度目……。

 しかし加速がついてるから単純にパワーがでかい。

 でも……まだ観念するわけにはいかない。

「……そろそろ本格的に攻撃しますか」

 小声でつぶやく。彼女に聞こえないように。

 もうここまでピンチ。もう私には今――一撃必殺以外の魔法を使う余裕がない。

「はっ! 魔法は効かないってね! ってことは――魔法で加速させるけど、あんたに当てる寸前で魔法を切って――加速しきった拳でぶん殴ればいいわけだ!!」

 勝負は一瞬。

 一瞬で魔法を頭に思い浮かべ、世界と交渉。

 そして、その意思は魔法として、この世界に現れる。

 魔法の加速度を持った拳が顔面に向かって飛んでくる。

 顔面との距離一センチ。

「――ッ!」

 拳が止まる。

「――はあっ!?」

 ふっ。と笑って、もうひとつイメージ。

 拳が、私から離れていく。

「え、ちょっと――なんだこれ!?」

 そして彼女は、吹っ飛んだ。

 私が最初に受けたような――『吹っ飛び』。

 壁にぶつかる彼女。

 彼女の中では3つの疑問が生まれたはずだ。

 なぜ、攻撃が通じかなったのか。

 なぜ、吹っ飛ばされたのか。

 なぜ――ダメージを喰らっているのか。

 それは壁に当たった痛みよりも激しい疑問だった。

「解説。いるかな?」

 私は、立ち上がってそう言った。

 それは、まるで、悪魔のような笑み。

「あんたは、私に、絶対かなわない」

 悪魔は微笑んだ。




「魔法ってのはね――」

 彼女は攻撃してこない。一切の攻撃をしてこない。

 攻撃するタイミングをうかがっているのか、それとも――

 もう攻撃しても無駄だと感じたのか。

「なんでも出来るトンデモじゃあない。っていうのは学校でも習ったわよね?」

 当然のように、彼女はそれを聞いても何も答えなかった。

 相槌すら。

 睨むことすら――なかった。

「じゃあ、その制限って言うのは何か?」

 魔法における制限。

 魔法というのは科学を超越し、科学では決して倒すことは出来ないという、現実においては恐ろしいもの。過去に行われた魔女狩りも、考えれば当然のことだ。その当時からしてみれば、とんでもないトンデモだったのだから。

 しかし、現代に考えられる魔法というのには絶対『制限』が作られている。

 たとえば、『無尽蔵に作り出すことは出来ない』という制限。

 たとえば、『対一般人との戦いには弱い』という制限。

 たとえば、『それ以外の特殊能力が使えなくなる』という制限。

「自由度は高いんだけどね? だけど、それ故に裏返されることがあるの」

 この世界において、魔法の制限とは、そんな大したものではない。

 魔法とは、その、魔力とは。

「『魔力を物理力へ変換する』――魔法の仕組みはそれに尽きる」

 彼女は相変わらず俯いているが、驚愕の表情のはずだ。

 魔法は魔法であり、魔法である。

 そう彼女の脳内では決まっていたのだから。

「なら逆にさ――『その物理に対抗して相殺する物理』を『魔力』で作ればいいわけだよ」

 魔法とは――神の力?

 よくわからないトンデモの力?

 そんな、なんともあやふやで、なんとも意味不明な力。

 そういう風に一般人は捉えていて――

 魔力の使用者、魔法使いである彼女、『3N』もそう捉えていた。

 それを――

「私は、『魔法』がどんなものか。はっきり知っている。魔法とは――力なの」

 彼女――『CPS』はあっさりそう言ってのけた。

「だから、現実的に言うとだね――あなたの『拳にかかっている力をすべて相殺して0にした』ってこと。まあ、『S1』から必要な分だけを利用した。って感じかな」




 ……彼女、『CPS』はもうそこにいなかった。

 『3N』は、そこにずっと座っていた。

 思い出したように、彼女、『3N』は手で電話を作り、小声で話す。

「……ミッションは失敗。逃げられました。私はもう戦闘不能なので」

 腹をくくる。

「『処罰』してもらっていいですよ」

  

「いや、大丈夫ですよ」

 彼女は、安心と驚愕に包まれ、登場人物一覧表から降りることに成功した。



                   第1章・終

                   第2章へ続く

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