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海   作者: swan
3/4

約束した話

「どうした? 怖かったん?」


 砂が後ろで鳴った。

 そっと自分のすぐ横に座った彼は砂を掴んだままの私の手を握ると冷たい物を押し付けた。


「のど、渇いてるかと思って買ってきた。なんか考えてるみたいだったから、声かけずに行ったけど不安にさせたね、ごめん」


 ひんやりする炭酸の缶を握り締めて額に押し付けた。


「最悪だ」


「だから、ごめんって…」


 自分が最低なヤツでどうしようもない。自分がどうしてここまで逃げてきたか、もう忘れるとこだった。


「なぁ、大丈夫か?」


 不安げな声に顔を上げる。いつの間にか泣いていたようだった。


「平気。このまま、置いていっても良かったんだよ」


 無理やりに口元を引き上げる。


「それ、どういう意味か言ってみろ」


 急に顔を両手で引き寄せられて驚いて目を凝らす。こんなときにも見えない…。


「何・・・?」


「だから、どういう意味だよ」


 声が低くなってどうやら怒っているようだ。


「…そのままの意味。私、今日死ぬんだから」


 彼が息を呑むのが聞こえる。


「ふざけるなよ、そんな事…」


「ふざけてない。本気だもの」


 彼の手から逃れようと首を振ったが無駄だった。


「私、来週の手術できっと失明するもん。たったの10%しか成功しないのよ! そしたらこんな夜は非じゃないくらいの暗闇が来るもの! そんなの耐えられないよ!」


 彼の両手に力が込められて私は顔をゆがめる。


「成功するよ。絶対、失敗なんてないよ」


「そんなの信じられない」


「なんで、そんなこと言うんだ」


「関係ないでしょ」


 彼の身体を押しやる。


「ある!」


 ぴしゃりと言われて体が強張る。


「俺、大友さんの事が好きだ」


「え? だれ?」


 自分のことを知っている人物だ。だから初対面のはずが優しかったのだ。

 かえって私に緊張が走る。

 身体を浮かせた私は不意に引かれる。


「黙ってたけど病院、一緒なんだ。多分俺の事なんて知らないだろうけど」


 ぎゅっと震える手で腕を握られて彼も緊張しているのを知る。


「あなた、病気なの?」


「五年、入院してる」


 微かに息を呑む。自分たちがいる病院は難病の子供ばかりがいるところだ。


「病気、治らないの?」


「治す」


 私は意地になる、彼がいとも簡単に答えたからだ。


「それって、簡単に治るの?」


「俺は一%にでもかける。やって治るならばそれにかける」


「なんで…」


 わずかな沈黙が落ちる。


「大友さんがいるから」


「意味わかんないよ」


「・・・最初の入院のとき俺、大友さんに会ったんだ。病室にいるのが嫌で屋上に隠れてたら俺の横に大友さんが来て勇気もらったから。沢山呪文もらったから」


 彼のことを自分は覚えていない。誰だかもわからない。


「うそ…。え、本当に誰なのあなた」


「セイ、って呼んで」


 やっと名乗ってくれたのに記憶に無い響きだった。


「セイに、私は何をいったの? 昔の私なんてすっごい嫌な子だった。入院ばっかりで…今もだけど」


 となりでくつくつと笑われてセイのほうを向いて精一杯睨む。


「わりぃ。そんな事無いよ、正義のヒーローのようだった。でも、呪文は教えない」


「なんでよ」


「…死ぬんだろ」


 突き放されたように言われ黙る。


「呪文は俺の宝物だからね。」


 なんだかさっきから私の事を好きと言いつつからかっている節がある。なんて嫌なやつなんだ。


「俺との賭けにかったら、教えてやらなくも無い」


「何よ」


 やけくそで訊ねる。


「手術が上手くいかなかったら死んでいい。俺も、大友さんも成功率は十%以下だから条件は同じ。けれど、負けたら…」


「何よ、そんな引っ張んないで」


「わあってるって」


「偉そうね」


「…俺の彼女になって」


 聞き間違いかと思った。


「冗談?」


「本気」


「だって、話の流れからすると…おかしくない?」


「ご、五年も片思いしてた俺の告白にそれかよ」


 やや語気を強められて私は黙る。


「急に大っ好きな奴に死ぬなんて言われて、俺だってこうなるとは思わなかったんだよ。…死ぬつもりだったなら、俺の彼女になってさ、何を言いまくってもいいし」


 自分をいったいどこまで過大評価しているのかと、わたしは思った。でも、そのくらい今の自分にはビックリな条件なら返って乗り気になってしまう。


「わかった。その賭けに乗ろうじゃない」


 隣りで、深く息を吐くのが聞こえて私は笑った。


「笑うなよ。こっちは一世一代の告白だぞ」


 しばらく二人で笑ったあと、セイが立ち上がる。


「戻ろう」


「…うん」


 十分程の道のりを手を繋いで歩き、セイが止まる。


「着いたぞ」


「うん。…あの、さ」


「何?」 


 急に恥ずかしくなり首を振る。


「言えよ」


「顔、触らして欲しいの」


「いいよ」


 そっと、セイが顔に私の手を持っていく。


「熱いね」


「お、お前が触るからだ…」


 呻くセイのオデコ、鼻、目、口ゆっくり覚えるようにして私は触った。


「何か、セイの顔って整ってるねぇ…」


「そうか?」


「これで覚えられるかな? セイの声、セイの顔の形…」 


 不意に、セイが唇を塞ぐ。


「セイ! なっ…」


 頭が真っ白で後に言葉が出ない私の耳元でセイが囁く。


「俺だって一つくらい覚えるもんあっていいだろう」


「それとこれとは違う。ずるい、私は見えないのに」


「見えるようになるさ」


「そんなこと…」


 私の話を無視してセイは手を繋ぐ。


「俺の手術終わったら、迎えに来るから。…成功したら待ってて。来年の今日、浜でさ」


 話が見えずに首を振る。


「なに言ってるの? すぐ会えるじゃん?」


「俺、絶対成功するからさ」


 要領が得られないまま突っ立てる私はセイに抱きしめられてすぐ背を押された。


「しばらくの間、バイバイ」


 気配が消えて、困惑する。

 もう自分のテリトリーの中に入ってるから、怖さはない。セイはどういうつもりで言ったのだろう。結果は来年なんて酷い賭けだ。




 手術は成功した。


 私、海美は両目とも圧迫していた腫瘍が無くなりかなり視力が戻った。





私は、一年後の約束の日を不本意ながら、浜で待った。

 

 セイは、来なかった。


 セイは同じ病院にいると言っていたくせにあの後会いに来なかった。渋々だが院内の子供全てを調べても同じ位の歳のセイなる少年はいなかったのだ。

 でも、信じたかった。

 彼はなんとなく来る気がしたのだ。


『こんなとこで何してんの?』

 って冗談めかして。



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