むかしの話
七年前。
「暑い。何なのよ、これ」
寝苦しい夜が続く熱帯夜に、私は一人街灯も無いような海沿いを歩いていた。八月のはじめ、夏休みも半分近くだ。
みんな、すごく楽しいんだろうな。
それなのに私ときたらこれだもんなぁ~。
もう、私の人生終わったな。えっとどうすれば、いいんだろ?
「・・・頭の中でもはっきりいえないんじゃねぇ」
くすくすと海美は笑った。端からみたらどう見られるとか、どうでもよくなっていた。
真夜中に人一人いない道を歩いている。
…多分よく見えないのだが。
「あ!」
海美は何かにぶつかった。
「えぇ?!」
思いっきりぐにゃりと何かを蹴飛ばすと共に前のめりに倒れた。しかし、思ったほど痛くない。思わず両手で顔など触ってみる。
「おい。」
「え?」
自分の下から声がする。不機嫌な、低い声だ。
「どけよ」
慌てて身体を起こした。
声の主が手を貸してくれる。目を凝らそうとするが無理だった。暗い。
「だ、れ?」
恐るおそるとたずねる。
「その前に俺に言う事あるだろ」
「・・・ごめんなさい、たすけてくれてありがと」
「どういたしまして」
どうやら彼の上に乗ってしまったらしい。私は、手探りで防波用のコンクリートで出来た壁に手を当てて立ち上がる。
「あんた、何でこんな所を歩いてんだ? 真夜中だ…ぞ」
訝しげに訊ねていた彼の声が変わる。はっきり見えないが彼の目は私を捉えているはず…。
「私、そんなに変?」
私は、自分の目元に手をやる。
「見えないのか?」
かすれた声で彼は聞く。
「・・・暗い中じゃあんまり」
長い沈黙が訪れて、ふと彼が声を出す。
「どこかに行く途中か?」
「ううん。ただ、逃げてきただけ」
「そうか。ここ浜へ降りる階段があるんだ。下へ降りないか?」
彼はどこから? とも、何から? とも聞かずに言った。
それが心地よかった。私は何もすることが無かったし、彼に興味があったので頷く。
「そこで腰下ろして大丈夫だ」
しばらく歩いた所でそう言われ恐るおそる腰を下ろした。
私がちゃんと座った事を確認して彼が繋いだ手を離した。
そこで初めて彼にずっと手を握っていてもらった事に気付く。今まで男の子と手を繋いだ事なんて無かったのに。
「ありがと」
「どういたしまして」
何でこんなに知らない人なのに落ち着くんだろう。
「俺さ、いつもこの海眺めてるんだ」
「キレイだよね」
私は最後に見た記憶の中の夕焼けの海を思い出す。
「綺麗だよ。いつだってこの海から勇気もらえる。俺の憧れだよ」
「そうなんだ」
しばらく沈黙が訪れて波の音が押し寄せてくる。
繰り返される波の音に酔ってしまいそうだ。
「あのっ…え、あれ?」
隣に居たはずの少年を確かめるように組んでいた腕を伸ばした。しかし、居るはずの少年がいない。
「うそ、何で…」
急に不安が訪れて何度も砂を叩く。
知らない人に付いて来るんじゃなかった。
このままここに居たら満潮とかきて沈むのかもしれないのに。