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コトの終わったあと、パジャマを着始めたユイを見ながらハタノは切り出した。

「そろそろ、籍入れない?」

ユイの動きが一瞬止まり、ハタノを見つめる。

その後無言でまたパジャマのボタンを最後まで留め、口を開いた。

「なんで?」

「もう1年も一緒に住んでるんだし、親も知ってるし、別れるつもりもないし」

「やだ」

ばっさりと言い切ったユイは、そのまま立ち上がって冷蔵庫から缶ビールを出した。


ユイが口に運ぼうとした缶ビールをパジャマの下だけ穿いたハタノがひったくって飲む。

「なんでイヤなんだか、説明してもらおう」

「ドロボー!あたしのビール!」

ビールの缶にはマジックでユイと大きく書いてある。

「昨日、俺のビール飲んだじゃないか!」

ハタノは半分ほど一気に飲んで缶をユイに戻した。

顎で話を促され、残りのビールを飲みながらユイは話す。

「今だって、変わんないじゃない。籍入れたら、銀行やら保険やら手続きしなくちゃなんないし」

残りの一口を名残惜しそうに飲み込みながら続ける。

「ウチの会社、旧姓使う慣例がないから、顧客も混乱するし」

目出度く希望通り自立支援のショールームに配属になったばかりである。


「成り行きで一緒に住み始めちゃったけど、俺はちゃんとしときたいんだよ」

「紙一枚じゃない。のっぴきならなくなってからでいいよ」

ハタノって、なんで杓子定規なんだろう。

面倒なことなんて、後回しにすればいいじゃない。

籍入れるのなんて、子供が欲しくなってからにすればいい。

「明日仕事なんだから、もう寝る」

話をぶった切って、ユイは布団にもぐりこんだ。


「出張だから。一泊だけどね」

ハタノが出張鞄を提げて出かけて行った晩、ユイはひとりの部屋でビールを飲みながら

開放感に浸っていた。

たまには外食して、自分の好きなDVDかけっ放しもいいな。

籍なんか入れたって入れなくたって、生活変わらないじゃない。

それなら「奥さん」とか呼ばれるよりも今のままがいい。


翌日の夜10時、ハタノは帰って来ていない。

ちょっと帰り、遅くない?

いつも出張でも、こんなに遅くはならないのに。

携帯電話を呼んでも、「電源が入っていないか掛かりにくい場所に」のメッセージだ。

何かあったんだろうか。

遠くで救急車のサイレンが聞こえて、ユイはビクっと肩を震わせた。

救急車の中って、携帯ダメなんじゃない?知らないけど!

あ、10時半。


ハタノに何かあった時、あたしの立場ってなんだろう。

たとえば手術の必要な大怪我をしたとき、同意者って親族じゃなかったっけ。

もしものことがあった時、あたしに残るのはハタノの写真数枚だけで

一緒に生活した証明書なんてないんだから、記憶の中にしか何もなくなる。

お葬式の時くらいは親族席かも知れないけれど、その後ハタノに繋がるものは切れてしまうかも知れない。


――やだ、どうしよう。何にも残らないなんて、絶対やだ!

11時。

いくらなんでも、遅い。

どうしよう、泣きそう。


玄関のドアから、ガチャガチャと鍵の音がした。

「ただいまー。疲れたー!」

ハタノが靴を脱ぎながら、出張鞄を床に投げ出した。

「携帯の電源、入れときなさいよバカ!」

「忘れてた、ごめん」

ハタノは電源を入れた瞬間に吹き出した。

「着信20件って全部ユイ?」


背中を向けたユイに、ネクタイをほどきながら声をかける。

「心配した?連絡したほうが良かった?」

「心配なんかしてない!帰ってくるな!」

後ろ向きにクッションが飛んだ。

「とりあえず、シャワー浴びてくる。ビール出しといて」


バスルームのドアを隔て、シャワー越しにユイの声がハタノに聞こえた。

「籍、入れよう。ハタノと同じ苗字にする」

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

これにて完結です。

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