side /ハタノ(6)
ちょっと早いかな、と待ち合わせ場所に向かう途中でハタノは足を止めた。
向かい側から歩いてきたのは、待ち合わせの当の相手だ。
もうひとり、年配の男性が一緒にいるが。
ユイはハタノに気付くこともなく、ゆっくりとした足取りで待ち合わせ場所ではない方に歩いていく。
どこに行く気だ?
そう思って進んだ方向に目を向けると、ユイの右肩に置かれた左手と、白杖が目に入った。
サポートの道案内をしているんだと気がつき、声をかけずにそのまま後ろを歩くことにする。
僅かな段差で「段差があります。一歩下におります」と声をかけている。
へぇ、慣れてるじゃないか。意外かも。
タクシー乗り場まで男性を案内してタクシーに乗せた後
時間を気にして小走りになろうとしているユイに声をかけた。
「もう、ここにいるから戻らなくてもいいよ」
ハタノの顔を認めた瞬間のユイの反応は予測外だった。
顔に朱がのぼるとはこのことだ、と言わんばかりに赤くなり、うろたえた表情をみせる。
「いつから、そこにいたの?」
「駅から出て来た時から、後ろ歩ってた。声、かけたほうが良かった?」
「それは、おじさんが気を使っちゃうから声をかけられないほうが有難かったかも」
まだ耳まで赤いままだ。
「おまえ、案外と気が使えるいいヤツ...」
言いかけると同時に、脛を蹴られた。
もしかして、照れてんのか。
蹴られた脛は痛いが、そうだとしたら文句は言えない。
「いいヤツとか言われたくてサポートしたんじゃないし!手なんか貸せる人が貸すの、アタリマエでしょ!明日の我が身かもしれないし!」
そう思っても、人間ってのはなかなか声なんかかけられないし、サポートの作法なんて知ってる人は少ないと思う。
いつでも手助けできるように準備してるだろ。
今、それを口に出したら、もう一度蹴りが来そうだ。
やっと普通の顔色に戻ったところで、時間は大丈夫かと確認された。
劇場までの道を急いで歩きながら、ハタノは考えていた。
威勢がいいだけで、気が小さいヤツだと思ってたのに。
ユイは俺が知ってるだけのユイじゃないかも知れない。