side /ハタノ(5)
さて、どうしたもんかな。
ハタノの目の前に置いてある物は、マイナーな劇団のチケット2枚である。
大学の頃の知り合いにバッタリ会って、無理矢理買わされた。
団員のノルマがあるんだ、頼むよ、と泣きつかれて断わりきれなかったのだ。
授業にもほとんど出ずに芝居に打ち込み、いつの間にか退学した知り合いは、びっくりするほど生活感を持たずアルバイトの金も劇団につぎ込んでいるようだった。
俺にはそんな不安定な生活できないな、と思いながら話を合わせていたら、友達だったろう?芝居観に来てくれよ、と手製のリーフレットを持たされていた。
おい、知り合いではあったけど友達だった記憶はないぞ。
そう思いながら財布を出したのは、我ながらちょっと人が良かったかもしれない。
だって俺、芝居になんか興味ないし。
仕方なく家まで持って帰り、リーフレットを読んだ。
会場は池袋か。暇つぶしに行ってやってもいいけど、チケット2枚だしな。
ラブストーリーじゃないか。男と一緒に観て、何が楽しい。
と、したら誘うのはあいつか。
携帯のフラップを開き、メールの文面を打ち込み始めてから首をかしげた。
―来週の土曜日に芝居を観にいかないか。
なんだか彼女をデートに誘ってるみたいだ。
―芝居のチケットを買ったから、一緒に行かないか。
一緒に行くためにわざわざチケットを用意したみたいだ。
適切な文章って思い浮かばないものだ。
面倒くさい。直接話そう。
「はい」
電話を受けた声が、いつもより少し緊張気味に聞こえた。
「あのさ、来週の土曜日、ヒマだったらちょっとつきあわない?」
「どこへ?」
かいつまんで、用件を話す。
「つきあってもいいけど」
と、返事が来たので時間と場所を説明した後、低いテンションが気にかかる。
「なんかヘコんでる?」
「何を?」
「セクハラ上司に今度は乳握られた、とか」
受話器の向こうで一瞬息を飲む気配があった。
「何そのオヤジ発言!それこそセクハラ!あたしが落ち着いて喋ったらおかしい?」
あ、良かった。いつものユイだ。
「いやいや、落ち着いたユイに慣れないもんで。ってゆうか落ち着いてることないじゃん」
「そんなわけあるか!あたしは穏やかな性格って言われてるのに!」
「それは巨大ネコを背負った状態でだろ、俺の前じゃないことは確かだ」
待ち合わせの時間と場所を決め、電話が終わった。
あいつが、あんなに感情的になるのは俺に対してだけだ。
複雑な満足感に、ハタノは少し戸惑っていた。