007 この世界、やっぱ嫌いだわ
『止まりなさい。さもなければ撃つわ』
二度目の警告。
……いや、普通に撃つ気だろそれ。
「オビ、通信できるのか。できるなら繋げてくれ」
『仕方がない。接続するぞ』
操縦席前方の虚空に、淡く光る矩形が浮かび上がった。
ノイズ混じりの映像が収束し、一人の女の姿を結ぶ。
『早く応答しなさいよね。わたしは銀河治安連合軍。反海賊特務部隊所属、セリア・エーデル・ヴァルツ=クロイツ少佐よ。あんたは差し詰め、脱走兵ってことかしら?』
中々の美女だった。
深紅の髪は整えられ、姿勢に一切の無駄がない。
アクアマリンのような色をした瞳に、思わず意識を引き込まれる。
……てか今、組織名出たよな。
銀河治安連合軍。
もしかして、だ。
海賊の奴隷だった俺を、ちゃんとした'人'として扱ってくれるんじゃないか。
やっと、俺にも運が回ってきたかもしれない。
「あのー、セリア何とかさん。俺、ゴブリンたちに捕まって約一年間、奴隷として働かされてました。今日たまたまあの戦闘が始まり、隙をついて逃げ出したんです。お願いです。助けてください」
とにかく、下手に出た。
この場ではそれが一番安全な選択肢のはずだった。
『そうなんですね。それは大変な目に遭いましたね。わかりました、これからあなたを保護します』
胸の奥が、少しだけ緩む。
その直後だった。
モニターの端に、赤い球体がふわりと浮かび上がる。
オビに似た形状だが、光の質がまるで違う。
今の、こいつが喋ったのか。
どっかのAIと違って、ずいぶん物腰が柔らかい。
いい奴そうじゃん、キミ。
『待ちなさい、カグツチ』
『どうしたの、セリアちゃん』
『わざわざそんな事しなくていいわ』
『え……』
空気が、目に見えない形で変わった気がした。
『だって手間じゃない? 保護したコイツの手続きに手間かかるし、ここで海賊として処分した方が楽よ。昇進のための点数にもなるし一石二鳥だわ』
……は?
なに言ってんだ、この人。
『でもセリアちゃん。いまもログを記録してるし、そんなことは出来ないよ』
『じゃそれは改竄して、さあやるわよ』
ぞっとした。
言葉の軽さが、命の重さを完全に踏み潰している。
職務怠慢。
いや、それ以前の問題だ。
俺に冤罪を着せて、最初から消す気か。
『じゃーね♪ 海賊君』
通信が一方的に切断される。
次の瞬間、空間が歪んだ。
戦艦から放たれた砲撃が、光の奔流となってこちらへ迫る。
本気だ。
こっちを殺しに来ている。
「!!」
『回避行動』
オビの声と同時に、機体が叩き落とされるように急旋回する。
警告音が重なり、視界の端で警戒表示が明滅する。
紙一重で、砲撃が背後をかすめた。
『マスター、どうする?』
その問いに、これまでの記憶が一気に押し寄せる。
召喚に浮かれていた日。
宇宙から現れたゴブリン。
一方的な侵略。
奴隷として過ごした一年。
理不尽な扱い。
男色のダヴィに狙われ続けた日々。
オビを手に入れて、脱出できて、
ようやく「運が向いてきた」と思った。
この世界も、案外悪くないのかもしれないと。
……前言撤回だ。
この世界、やっぱ嫌いだわ。
俺に優しくない世界。
正義も理屈も、俺を守っちゃくれない。
ならもういい。
好きに生きる。
手始めに――
俺を冤罪で消そうとした、あの女からだ。
「なぁオビ。俺に冤罪を押してつけようとする、あの女に目にもの食らわせたい。できるか?」
『余裕に決まってるだろ』
即答だった。
「流石だな。お前、超優秀」
柄にもなく、素直に口にする。
「ふふふ……こっちだってなぁ、黙って殺られるつもりはないからな。思い知らせてやる!」
『そうか。では突貫するぞ』
「えっ」
いやいや待て。
突貫って、あの突撃するやつだよな?
急すぎないか?
『仕方ないだろ。マスターは目にものを見せたいと言った。なら手段は一つ。突撃、侵入、内部制圧だ』
淡々と告げながら、オビは機体出力を引き上げる。
背中から床へ、重力が叩きつけられる。
視界が一瞬、白く弾けた。
「って言っても、この機体で突撃できるのかよ」
『任せろ。あと数秒でシールドを貫き、艦隊に取り付くぞ。いいな?』
「お、おう……」
コクピット越しに見える宇宙が、黒い何かに包まれていく。
それは闇というより、影だった。
■■■
――カグツチ艦・ブリッジ
『攻撃回避されました。次弾準備、攻撃します』
「オッケー。まさか不意討ち気味の攻撃を避けられるとはね。まぁ運が良かっただけでしょ。次で仕留めましょ」
『攻撃……回避されました。状況確認。向こう突撃するつもりです。まっすぐこちらに来ます』
「あら。あのオンボロ機体じゃ、それが最善手かもね。こっちは最新技術の塊なのよ。オートシールドで粉々になりなさい」
戦艦カグツチの外装に、淡い光が走る。
多層展開された防御フィールドが、艦体を包み込む。
だが。
黒い何かが、戦闘機の輪郭を歪めた。
影を纏ったそれは、躊躇なくシールドへ突っ込んでくる。
『! シールドを突破されました。艦に敵機体が接触します。衝撃に備えてください』
「嘘でしょ……あんなオンボロで、最新型のあなたのシールドを?」
艦全体が、殴られたように震えた。
『艦に取り憑かれました。Bブロックに侵入。艦内迎撃システム作動』
「仕方ないわ」
セリアは静かに立ち上がる。
「ワタシが直接葬ってあげる。模擬演習エリアに誘導して、そこで迎撃するわ」
『了解。気をつけてね、セリアちゃん。相手は未知の敵よ』
「大丈夫よ」
赤い髪を揺らしながら、彼女は微笑む。
「私、エリートですから」
そう言って、迎撃へ向かうのだった。




