第9話 Vengeance
魔王と成り果てたシエルは、理解した。
あの日、自分が目覚めた意味。
生かされた理由。
それは永遠にこの世界を守る《道具》とされたこと。
――役目を果たす限り、死を許されない存在。
力を与えた『上位存在』は、人の心を知らなかった。
苦しみも、喪失も、その痛みも。
それが彼らの誤差であった。
そして、魔王を生み出してしまった結果は
彼らにとっての汚点となる。
そして、彼らのとった選択…
それは、人々から勇者の記憶を消すこと。
勇者の存在は人々の希望となる。
それ自体は残す。
だが、それが誰であったのかは知る必要のないこと。
新たな魔王のが誕生した日、勇者の記憶は消えた。
◇
「ただ死んでいれば、失わずに済んだ……」
後悔が胸を焼く。
リーナも。
カイトも。
救うための力が、すべて奪った。
シエルは悟った。
希望を守るためには、心が邪魔なのだと。
だから彼は、切り捨てた。
怒りが、復讐を形づくる。
「ならば――俺は、お前たちを消す」
「この世界を支配する法則ごと、葬り去る」
魔王は歩き出す。
永遠の孤独と、生きる意味を失ったまま。
復讐だけを抱いて。
◇
上位存在には、限界があった。
与えることはできても――想像と奪うだけは、決して許されていない。
想像は世界の形そのものを歪ませ、
奪うは世界に穴を穿ち、他の時空にまで裂け目を広げてしまう。
彼らは魔王の存在に頭を抱えていた。
今や魔王は、世界の秩序に触れかねないほどに成長しすぎた。
だが、あれほどの存在へ直接介入すれば、
それこそ多世界の均衡を揺るがすほどの力を行使することになってしまう。
――つまり、手出しができない。
ゆえに、また“転生”という手段に頼るしかなかった。
しかし、魔王を生み出したときの失敗は、上位存在に深い教訓を残している。
まず、自らが直接手を加えてはならない。
それは多世界を連結する秩序そのものを揺らし、崩壊へ近づけてしまう。
そしてもうひとつ。
人の心を知らなかった。
どれほど清らかな者を選んでも、心は揺らぐ。
善と悪の境は、世界の理よりもずっと曖昧で脆い。
ならばどうするか。
上位存在は、ひとつの結論にたどり着いた。
――自分の一部を切り離す。
ほんのわずかな欠片。
それを核として“新たな存在”を生み落とす。
だが、欠片だけでは不完全だ。
心が空の器では、また同じ失敗を繰り返す。
そこで上位存在は、ひとりの少女を思い出した。
リーナ。
かつて、シエルの隣に立ち続けた少女。
彼女の心は強く、優しく、そして折れなかった。
――この心がそばにあれば…。
そう確信した上位存在は、リーナを模した“心”を与え、
その中心に自らの欠片を宿らせた。
こうして生まれたのが――女神アリア。
しかし、まだ足りない。
たとえ心が強くても、運命は残酷に歪むことがある。
だから上位存在は、アリアに“安全弁”を作らせる。
それが転送装置。
いざというとき、世界の破滅を回避するための最後の保険。
アリアは目覚めた瞬間、自分に課せられた使命を理解していた。
――ヴェルグレイスを監視すること。
――転送装置を完成させること。
――次代の勇者候補を見つけ、導くこと。
その役目は、きっと長く険しいものになるだろう。
けれど彼女は迷わない。
自分が何者で、何のために生まれたのかを知っているから。
アリアは静かに目を閉じた。
その胸の奥で、確かに光が――小さく、しかし力強く瞬いた。
第9話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第10話は12/27、13時に投稿予定です




