第8話 Terminus
丘の上、王都を見下ろすように一本の大樹が立っている。
その手前、土がまだ新しい小さな墓標がひとつ。
シエルは無言のまま膝をつき、
そっと花を供えた。
リーナが好きだと言っていた白い小さな花。
言葉が出ない。
喉に絡まる何かが邪魔をして、呼吸すらぎこちない。
――守る。
絶対に離れない。
そう言ったのは、誰だった。
握る拳に、まだ彼女の温もりが残っている気がした。
「……ごめん」
ただ一言だけ。
けれど、それすら地面に吸い込まれていくようで。
遠くの鐘の音が、冷たく響いた。
時間の間隔はなかった、どれほどその場にいたのだろう。
気付けば視界の端に少年が立っていた。
カイトだった。
彼は立ち尽くし、怒りに震えた声で叫ぶ。
「どうして……守ってくれなかったんだよ!!
約束したじゃないか!!」
シエルの胸に、その言葉が深く刺さった。
喉が締めつけられ、声が出ない。
「なんで……なんで死ななきゃいけなかったんだよ……!」
涙が地面へ落ちる。
カイトは分かっていた。
シエルが悪いわけじゃないと。
けれど、ぶつける場所のない痛みと喪失が、
まだ幼い心を荒れ狂わせていた。
シエルはただ、黙って頭を下げることしかできなかった。
返す言葉なんて、何一つ持っていなかったから。
◇
王城の大広間。
国王の賞賛の言葉が響く。
「我らが勇者よ! 魔王討伐の偉業、称えよう!」
豪奢な拍手。
金の装飾に囲まれた王座。
だが、シエルの視線は空虚だった。
胸の奥には、何も残っていない。
その日を境に、
彼は戦場へと駆り出され続けた。
魔物の討伐。
敵国の殲滅。
人を斬ることにも、何も感じなくなっていた。
――戦っている間は何も考えずに済む。
そんな最低の逃避が、
唯一彼を生かし続けた。
◇
戦いに明け暮れるシエル、
彼の力は更に強大なものになっていた。
敵国にもシエルの脅威は知れ渡る。
とある遠征、敵国の将兵は、シエルを見ただけで武器を捨てた。
誰も抗わない。
しかし、あまりに手薄な敵勢に違和感を覚える。
(……妙だ)
違和感は嫌な予感に変わる。
シエルは踵を返し、王都へ猛然と駆けた。
そして――遅かった。
崩壊した街。
燃え盛る城。
瓦礫と血の匂い。
敵国はシエルの不在を狙ったのであった。
シエルは崩れた街を彷徨う。
そして、倒れた小さな影を見つけた。
「……カイト……?」
抱き寄せた身体は、もう冷たい。
「おい……起きろよ……」
返事はない。
世界の音が遠のく。
「やめろ……」
視界が赤く染まる。
「頼む……」
胸の奥から、黒い炎が噴き上がる。
「……誰か……」
消えろ。
奪ったものを返せ。
救えなかった自分を壊してくれ。
「――あああああああああああッ!!」
怒号と共に、闇の奔流が解き放たれた。
黒い波が王都を呑み込み、
天を覆う影が生まれる。
その中心に立つは――
もはや「勇者」ではなかった。
破壊の王。
絶望の象徴。
魔王の誕生であった。
第8話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第9話は12/26、13時に投稿予定です。




