第7話 Void
魔王城の回廊は、冷たい闇と静寂に満ちていた。
前を行く青年――シエルは迷いなく進み、
その後ろでリーナが必死にその背を追う。
だが、唐突に仕掛けが作動した。
壁の隙間から無数の矢が一斉に射出される。
「きゃ──!」
リーナへと殺意の雨が降り注ぐ瞬間、シエルが身を投げ出した。
突き刺さる衝撃。右手に焼けるような痛み。
「シエルさんっ!? すぐ治します!」
リーナが震える手で回復魔法を施す。
淡い光が傷を閉じていく。
「……ごめんなさい、私のせいで……」
「気にするな」
落ち込む彼女に、シエルは淡々と言った。
しかしリーナは首を振る。
「分かっています。私、足手まといです。
でも……家族や、大切な人を守るために、
ここまで来たんです。
だから、諦めたくない」
その瞳に宿る強い意志。
シエルは、ほんの少しだけ目を見開いた。
「……やっぱりすごいな。リーナは。
ちゃんと自分に価値を持ってる。
俺には……それがないから」
「それは違います!
シエルさんにはあります。優しい所とか、たくさん!
…何度も言ってるのに、あなたは気付かないふり…」
真っ直ぐ返された言葉に、シエルは視線を逸らさなかった。
彼女の肯定に慣れてきた自分に不思議な気持ちがする。
リーナはぎゅっと拳を握った。
「とにかく、もう……足手まといにはなりません」
「大丈夫。守るよ」
シエルは淡く笑う。
「……だって俺、勇者なんだろ?」
リーナが息を呑んだその瞬間、彼は歩き出した。
魔物の群れを斬り伏せ進む。
城の最奥――巨大な扉を押し開く。
◇
玉座の間。黒い鎧の巨躯が、ゆっくりと立ち上がる。
魔王――その存在だけで世界が軋むほどの圧。
「ここまで辿り着いた者は、お前が初めてだ」
シエルの体が自然と強張った。
大柄な自分が、小さく思える。
まるで影に呑まれたかのようだ。
「せっかくの客だ。
もてなすには、ここは狭すぎる」
魔王が指を鳴らす。
景色が歪み、あたりは荒れ果てた大地へと姿を変える。
空間を削るほどの殺意。
沈黙の圧が二人を包む。
…一歩。
同時に大地を蹴った。
剣と剣がぶつかる甲高い音が、焼けた大地に反響した。
荒野の中央。血と泥に塗れた二つの影が、互いに息を荒げながら向かい合っている。
一人は黒い鎧の巨躯。
圧倒的な魔力が身体を取り巻き、立っているだけで大気が震えていた。
もう一人は白銀の鎧を纏った青年。
両手で剣を構え、ふらつく膝に必死の力を込め、なおも魔王を真正面から見据えている。
風が吹き、焼け焦げた草が揺れた。
「……これで終わりだ」
黒い鎧の巨躯――魔王が大剣を振り上げた。
青年は歯を食いしばり、折れかけの身体を前へ押し出す。
「──まだ……終われるかよっ!」
張りつめた空気を切り裂き、青年が最後の力で駆け出す。
瞬間、眩い光が二人を飲み込んだ。
巨大な影と小さな影が交差する――そこを境に、世界は白く塗り潰された。
光が収束した時、立っていたのは魔王。
シエルは血を吐き、膝をついていた。
「シエルさん!!」
魔王が嘲るように言う。
「人間とは思えぬ力……だが我には及ばぬようだ」
「……くっ……!」
「ここまで高揚したのは久しい……
だが、それも終わりだ…死ね」
魔王が剣を振り下ろす。
──斬撃の感覚はない。
だが、温かいものが腕へと広がる。
目を開いた時、目の前にいたのは――リーナだった。
「……え?」
彼女は微笑み、静かに崩れ落ちる。
「リーナ!!」
震える両腕で抱き留める。
止まらない血。
止まらない現実。
「やっぱり……足、引っ張っちゃいましたね……」
「喋るなっ!血が……止まらない……!」
必死に押さえる手を、リーナは弱く押し返す。
「……あなたなら魔王を倒せる。
それは……私の大切な人たちを守ることになる……
あなたを守れて、……よかった……」
最後の息が、空へ消えた。
──笑顔のまま。
シエルの喉から、音にならない叫びが漏れる。
魔王の嘲笑が、世界を踏みにじった。
そして。
胸の奥から、濁った何かが溢れだした。
怒り。
憎悪。
悲しみ。
否定された価値が、黒い炎となり、魔力へと変貌する。
「…………ッ!」
魔王が一歩退いた。
次の瞬間。
漆黒の魔力を纏ったシエルの斬撃が、世界すら断ち割る勢いで振るわれ──
魔王は、音もなく消し飛んだ。
◇
どれほどの時が経っただろう。
シエルは立ち尽くしていた。
うつむき、顔は見えない。
だが、その身を包む魔力は――
漆黒。
その姿は、紛れもなく。
世界が畏れた 魔王 そのものだった。
第7話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第8話は12/25、13時に投稿予定です。




