第3話 Descent
石造りの城の王座の間。
豪奢なのに、どこか血の匂いが残る場所。
シエルは兵士たちに囲まれ、その中心に立たされていた。
「……一人で、魔物の群れを?」
玉座に座る国王が眉をひそめる。
驚嘆と、警戒が混じった眼差し。
兵士たちの報告を聞き、信じがたいという表情だ。
「はい。気づいたら……そうなっていました」
「どこから来た?」
問われ、シエルは正直に答えた。
この世界には存在しない国の名。戦争の光景。
自分はそこで死んだと思ったら光に包まれ、そして、言語で はない何かの接触、そして気がつけばそこにいたこと。
「そんな話、信じられるか、怪しい奴め!」
王の号令とともに、兵士が剣を突きつけた。
シエルは抵抗しなかった。
自分でも信じられないのだ。
冷たい牢へ放り込まれる。
◇
暗闇。
石壁の冷たさが、逆に現実を突きつけてくる。
(あれは……何だったんだ?
確かに俺は本当に死んで……光に包まれて…
それに見たこともない化け物たち…)
胸に渦巻く疑問と不安を整理している時、
ふと、足元が大きく揺れた。
「っ!?」
暗闇の牢に、突如として揺れが走る。
ゴゴゴゴゴッ——地響き。
砂がぱらぱらと天井から落ちる。
「な、なんだ!?」
外から怒号と悲鳴が入り混じった。
「ドラゴンが来たぞォーーーッ!!」
兵士の絶叫。
次いで、地を割るような咆哮。
牢の鉄格子の隙間から、影が覆い被さるように迫ってくる。
巨大な翼。黒い鱗。炎の息吹。
天も地も震え、火柱が上がった。
兵士と魔法使いが応戦するが——
「魔法が効かない!?」
「う、うわあああっ!」
悲鳴が途切れる。
街の塔が崩れ落ちる音が、耳をつんざく。
炎が街を焼く。
兵士や魔法使いが反撃するが、その力はまるで通じない。
次々と倒れていく人々。
泣き叫ぶ子供。
崩れる塔。
鉄格子の隙間からその様子を見て確信する。
(やっぱりここは……俺のいた世界じゃない)
次の瞬間。
ドラゴンの爪で弾かれた巨岩が牢へと迫る。
「――っ!」
耳鳴り。
割れた壁。
外へと開いた穴から、シエルはよろめきながら這い出た。
そこは地獄絵図だった。
焦げた匂い。
赤く濁った地面。
絶望。
ドラゴンがシエルを見つけ唸りを上げる。
炎の奔流が迫る。
(走れ!)
シエルは転がるように避けた。
足元に転がる剣を掴む。
振り返れば巨大な怪物の影。
震える膝を叱咤し、刃を構える。
(怖い……でも)
踏み潰そうとドラゴンが足を振り下ろす。
咄嗟に身を翻し、反撃の刃を振るう。
ズン、と重い手応え。
ドラゴンが呻き、血が滴る。
(なんだ、この力は……でも…行ける!)
再び炎。
熱。痛み――しかし、その中を突き抜けた。
「うああああああっ!!」
剣が、ドラゴンの首を断ち切った。
巨体が地面を揺らして崩れ落ちる。
静寂。
息を切らしながら立ち尽くすシエル。
「勇者だ……! 勇者が現れたぞ!」
国王の声と歓声。
だがシエルは、周囲の光景を見て震えた。
家族の死を嘆く人々。
手を伸ばしたまま冷たくなった兵士。
助けを乞う声は、もう届かない。
(俺が……もっと早く……)
胸が締めつけられる。
それは悲しみと自責の混じる
守れなかった、という痛みだった。
第3話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第4話は12/21、13時に投稿予定です。




