第2話 Worth
どこまでも暗い。底のない夜に沈んでいくような――
そんな感覚だった。
(ああ……俺、死んだんだ)
思考が淡く浮かび上がる。
シエルは静かに自身の人生を振り返っていた。
幼い頃、戦争で両親を失った。
泣き叫ぶ暇すら与えられず、生きるためだけに必死だった毎日。
周囲の大人も子どもも、心は荒みきっていた。
誰も優しくなんてしてくれない。必要ともされない。
(俺には……価値なんてない)
それでも悪事だけはしなかった。
ただ、人に嫌われたくなかった。
役に立ちたかった。
幸い、身体は大きく育った。
だから兵士になれば、人の盾ぐらいにはなれる。
安易で、幼い発想だった。
だが、いざ戦場に立てば――剣を振れなかった。
(人を、殺せない……)
結果は死。
勇敢でもなく、臆病でもなく。
誰にも必要とされない死だった。
(結局、最後まで……価値のないままだ)
そのとき――暗闇が淡く、揺らいだ。
光が差すのではなく、光そのものが近づいてくるように。
言葉ではなく、意志が触れた。
理解ではない。
ただ、流れ込んできた。
圧倒的な力。
戦い続けるための力。
老いすら拒む力。
自分に価値がないと本気で思い込んでいるシエル
その魂は空っぽだ。
誇るものも、しがらみも、欲望すらも希薄。
だからこそ、その力を容易に受け止める。
そして彼は、誰よりも優しい。
優しさから人を殺せなかった。
その矛盾が、彼を選ばせた。
膨大な力を持てば人は傲慢になる。
だが彼なら、力に呑まれない。
守るためだけに剣を振るうだろう…と。
眩い光に飲み込まれ、意識が反転する。
◆
「……っ!」
目を開けた瞬間、地響きのような咆哮が鼓膜を震わせた。
周囲では人々と見たことのない化け物が争っている。
「な、に……?」
そこは知らない戦場だった。
焦げた土。
鉄の匂い。
巨大な影が、倒れ伏した兵士に爪を振りかざす。
「だ、だめだ……!」
怖い。
足が震える。
それでも…目の前で誰かが死ぬのは嫌だった。
落ちていた剣を掴む。
剣の重さが、思ったより軽い。腕が勝手に動く。
刃が閃き、巨体が崩れた。
「はぁ……はぁっ……!」
息を切らしながら振り返る。
助けたはずの兵士は――動かない。
血が止まらず、瞳から光が消えていく。
「……そんな……」
知らない人なのに。
胸が締めつけられた。
そして気づいた。
周囲の人間は、すでに全滅している。
魔物たちが――シエルを囲む。
(なんなんだよ…ここは!?)
視界が赤く染まった。
記憶は、そこで途切れた。
◇
「……な、なんだあれは……」
「魔物が……全滅している……」
駆けつけた増援の兵士たちが見たもの。
それは血まみれの剣を手に、ただ一人佇む青年。
シエルはぼんやりと立ち尽くしていた。
足元には砕け散った魔物の骸。
戦ったはずなのに、ほとんど覚えていない。
(……なんでだろう)
目の前の光景が、胸を刺す。
知らない人たちの死が……自分のことのように痛かった。
第2話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんでいただけると嬉しいです。




