第12話 Obliterator
――臨死の淵、彼の心が崩れていくのを見ていた。
空っぽになっていく。
価値を自分で削り続け、底へ底へと沈んでいく。
あれでは魂が壊れるかもしれない。
だが――それでも、彼しかいなかった。
魔王を止める術はそれ以外に残っていなかった。
だから上位存在は決断した。
彼に触れ、力を与えることを。
心を支える仲間がいる。
いざとなれば転送装置もある。
彼ならば「最後の希望」になれる――そう信じて。
だが彼の心は、あまりにも深い闇だった。
永遠に価値を下げ続ける臨死の思考は、まるでブラックホール。
与えた力は奪うように吸われ、膨張し、
無限に近い形で膨れ上がる。
今にして思えば、それほどの力でなければ
魔王を止めることなど不可能だったのかもしれない。
◇
世界を焼く光の中で、魔王は思った。
(……俺は、消えたのか?)
千年積み上げた憎悪も、怒りも、悲しみも。
それらはあまりにあっけなく呑み込まれた。
(千年……何をしていたんだ、俺は。
結局俺には、何も……)
その時。
闇の底に、懐かしい声が降りてきた。
『シエルさん――』
(リーナ……?)
暗闇がほどけ、微かな光が満ちていく。
目の前には、温かい笑顔のリーナがいた。
「シエルさん。
やっと……また会えましたね」
「リーナ……俺は……すまなかった。
お前も、カイトも、守れなかった……」
「いいえ。
あの時、あなたに守られた人はちゃんといましたよ」
シエルは目を伏せる。
「……だが、俺は世界を壊そうとした」
「ほんと、ちょっとやりすぎですよ?」
「……」
たしなめるようなその声が、やけに優しい。
「あなたのしたことは、許されないかもしれません。
でも……辛かったですね。
ほんとうに、よく頑張りました」
抱きしめられた気がした。
あたたかい。
懐かしい。
千年の孤独が溶けていく。
求め続けていたのは復讐ではなく――
ただ、この温もりだったのかもしれない。
気付けば魔王の姿ではなくシエルの姿に戻っていた。
「……それでも、俺の罪は消えない」
「なら、やり直せばいいんですよ。
ほら、彼もそう言ってます」
リーナが視線を上げる。
そこには、上位存在の気配があった。
感情がないはずの存在が、後悔していた。
ひとりの人間、シエルを闇に落とし、狂わせた。
己の過ちを認め、謝罪し、救いたいと願っていた。
「……俺は、やり直せると思うか?」
「あなたが望むなら、きっと。
だってシエルさんは……誰よりも優しい人だから」
「リーナ……」
彼女はそっと微笑む。
「シエルさん。私たちは、きっとまたどこかで会えます。
それくらいは、彼にしてもらわないとね」
光が満ちた。
闇は溶け、千年の痛みが静かに消えていった。
――そして。
◇
現世
病院の受け付け。
「間倫太郎さん、間倫太郎さーん」
呼ばれた青年がカウンターへ向かう。
包帯越しにまだ重さの残る腕を揺らしながら。
「退院おめでとうございます。
次の受診は来週です。お大事になさってください」
「はい。ありがとうございます」
病院の玄関を出ると、出産を終えたばかりらしい夫婦が看護師と話していた。
母親の腕には小さな赤ん坊。
倫太郎は自然と目を向ける。
赤ん坊は安らかに眠り、母親は幸せそうに微笑んでいた。
「名前、決まったんですか?」と看護師。
「はい。
空って名前にしました。
この青空みたいに……
広い心で優しい子になりますようにって」
倫太郎は、少しだけ優しい表情になって歩き出した。
季節は冬のはじまり。
その日に限って、不思議なほどあたたかく、爽やかな風が吹いた。
◇
かつて、勇者と呼ばれた男は
大切なものを失い、闇に堕ちた。
世界を消し去りたいほどに憎んだ。
しかし――心を取り戻した彼は、
ようやく自分を許すことができた。
消えたのは世界ではなく、
長い長い憎しみだった。
Obliterator ――完
Obliteratorを最後まで読んでいただき、読者の皆さまへ、心より御礼申し上げます。
『Obliterator』は『Remainer』のスピンオフであり、同時に補完としての役割を担う作品です。
Remainerはテンポを最優先した構成にしたため、あえて深掘りしなかった設定や背景がいくつか存在しており、それを魔王というキャラクターに焦点を当てて描きました。
Rremainerとは異なり、ダークな雰囲気となった本作はお楽しみいただけたでしょうか?
次回作は、長編作品を予定しています。
おそらく来月か再来月ぐらいには投稿しようと考えています。
ぜひ次もお読みいただけますと幸いです。
改めまして、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
んご。




