10話 Prelude
光の泉は、静謐な気配に包まれていた。
その中心、淡い輝きが凝縮し、ひとつの輪郭を形作る。
――アリア。
彼女は目を開けた瞬間に、自分が何者であるかを理解していた。
『上位存在』の一部として生まれた。
その使命だけが、初めから魂に刻み込まれていた。
しかし――それ以外は何も知らない。
自分の本体である上位存在の姿も、声音も、記憶も。
あるのはただ、与えられた役目だけだった。
まず確認すべきは、魔王の現在。
世界に流れる力の脈動を辿ると、かつて王都だった場所に、
巨大な闇の塊が根を張っているのが分かった。
「……結界。厄介ですね」
その内側までは読めない。
それでも漏れ出す気配だけで、
悠長に構えている暇がないことだけは理解できた。
アリアは協力者を探し、まず妖精たちの地へ向かう。
彼女の姿を見た妖精たちは一瞬で理解した。
神々しい気配をまとう存在。
理由は分からずとも、彼女を女神として迎えることを即決した。
◇
最初の仕事は――転送装置の製作。
世界の理を扱うそれは、完成自体に時間はそうかからなかった。
「ついに完成しましたね。
名称は……そうですね。
インフィニティ・ディバイン・トランスポーター!」
得意げに言ったアリアの言葉は、即座に妖精たちに却下された。
「名前が長すぎる」「覚えられない」「ダサい」
「意味が分からない」「恥ずかしい」
多数決で負け、結局シンプルに“転送装置”と名づけることになった。
「アリア様って……そういう派手なの、好きなんですか?」
「分かりません。
でも……心が惹かれるのです。
響きが、かっこよくて」
理由は分からない。
けれど、胸の奥に妙な憧れの影が残る。
それは――かつての少女の名残だったが、アリアは知らない。
◇
転送装置の機能はふたつ。
一つは、現世で死んだ勇者候補を異世界へ転生させる儀式を起動すること。装置を作動させておけば自動で転生が起きる。
もう一つは、その儀式の案内役として妖精を現世へ送り出すこと。つまり、異世界間を繋ぐ扉の役目。
だが――アリアは知らなかった。
上位存在が組み込んだ“もう一つの本来の機能”を。
いざという時、勇者に与えた力を上位存在へ転送し回収する。
つまり、安全弁としての 力の奪還機構 が備わっていた。
魔王に与えた力は、もう魔王自身のものになっているため回収不可能。
だからこそ、今度こそ取り返しのつかない事態だけは避けねばならなかった。
こうしてアリアの、長い勇者候補探しが始まる。比較的長寿である妖精達も代を変えていった。
◇
一方その頃――魔王…
彼は長きの間、自らの闇を研ぎ澄ませ続けていた。
その黒き心は魔物たちの本能を魅了し、
気づけば彼の周囲には巨大な魔族の勢力が築かれていた。
それだけではない。
自らの中に残る上位存在の力の“残滓”で、微かな異変を感じ取っていた。
「……動いたな。あれが」
遠くで“何か”が誕生し、魔王を見つめ始めている。
その予感はすぐ現実となる。
諜報を放ち、彼は知った。
――女神が生まれた。
――転送装置なるものが作られた。
――勇者を探している。
「なぜわざわざ転生など……。
なるほど、上位存在の“保険”か」
魔王はアリアよりも、ずっと深く上位存在を理解していた。
その行動原理も、恐れも、失敗も。
ならば、転送装置には何か決定的な手掛かりがあるはずだ。
◇
あれから500年が過ぎた。
彼はひとり、静かに歩く。
あの場所へ向かい。
墓はとうに朽ち、残っていたのは大樹だけ。
その根元へ、魔王は静かに白い小さな花を置いた。
何も語らない。
だが――ここに来ると、憎しみも怒りも穏やかに燃え続ける気がした。
忘れずに済むのだ。
あの日の痛みも、喪失も。
◇
さらに五百年の歳月が流れた。
ここから、運命の歯車が、静かに回り始める。
光の泉に身を置き、アリアはひたすら現世を観測した。
しかし、ヴェルグレイスと現世では時の流れが違う。
現世の100年はヴェルグレイスでの1000年に相当する。
この大きなズレは予想外だった。
アリアも焦りを覚えた。
いくら探しても、現世側では人々がほんの数年しか成長していないのだ。
「……まだ、生まれてすらいないの?」
そんな日が何度も続いた。
だが使命は変わらない。
アリアは光の泉の底で静かに目を閉じ、ただ気配を追い続けた。
やがてヴェルグレイスでは1000年が過ぎようとする頃、
アリアの視線の先でようやく一つの光が生まれる。
他とは異なる、善と透明な空洞を抱えた魂。
「……見つけた。
この人なら、きっと」
間倫太郎。
アリアの千年の孤独と、上位存在の期待と、魔王の長い沈黙が
ようやく一点に結びついた瞬間だった。
第10話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第11話は12/28、13時に投稿予定です




