第五話「序章」
前回からの、あらすじ。
魔物増加バーン! 調査決定ドーン!
調査隊壊滅バーン!作戦開始ドーン!
醜い肉塊、それが覆う皮膚には、怨嗟の声を上げるかのような、人間の顔がところ狭しと張り付いている。
全長数kmにと及ばんとするソレを中心に、まるでアリのようにも見える、人間達が群がるように存在していた。
思わず目を背けたくなるような怪物を、天幕を背景に、冷たい瞳で見つめる、2人の男が居た。
無線魔導通信機を介して、男の片方へ、とある情報が届けられる。
ミハイル戦術参謀が、傍らに佇む男へと告げた。
「”オーバーチュア”第三段階の始動準備が完了しました。
全砲兵連隊は展開を完了、歩兵部隊にも異常は報告されていません。
閣下、御命令を。」
フリードリヒ元帥は、天幕の中へ戻り、一つ深呼吸をすると、前線司令部の面々を見渡し、口を開いた。
「今や、私は、今を語る言葉を持たない。
第三段階を開始せよ。」
指令を受けた、次の瞬間、砲兵部隊指揮官は、一斉に命令を発した。
『目標、特級怪物。弾種、睡眠砲弾。
シュネルフォイアー!(急射開始!)』
轟音が迸り、眩い爆炎が踊る。
蒼い燐光に包まれた睡眠砲弾は、次々に特級怪物へと着弾していく。
その様は、まるで、蒼いベールの様であり、如何なる存在をも打ち砕くという意思が感じられた。
着弾した瞬間、睡眠砲弾から一際、蒼い光が煌めくと、溶けるように消えていった。
睡眠作用のある、化学物質が刻印魔導により合成され、特級怪物へ浸透していく。
雷鳴のような砲声とは裏腹に、着弾音は、不気味な程に響かなかった。
悍ましい体躯を横たえ、眠り続けている特級怪物には、殆ど変化も見られない。
兵士たちは顔を紅潮させ、未曾有の存在に立ち向かう栄誉に震えている。
フリードリヒを含める、前線司令部の面々も、徐々に強張っていた顔を緩めていった。
鳴り響く砲声とは裏腹に、場の緊張は緩んでいく。
極度の緊張から、戦場に最適なそれへと、変遷していった。
それは、油断であったのだろうか。
未だ嘗て、戦うことすら無かった存在。
そんな存在に対して、僅かな情報を頼りに、彼等は作戦を決行した。
歴史は不可逆的である。一度崩れた均衡は、大きな波に飲まれ、一つの結果へと集約していく。
誰にも勘付かれる事なく。
枯れ果てた小川、茶色い地面が剥き出しの平原。
あるいは、彼等が生きていれば、生き残り、従軍していれば、何か違ったのかも知れない。
心音が鳴り響いた。蒼い稲妻が弾けた。半径数kmを覆う、爆風が吹き荒れる。
悍ましい肉塊、それが覆う皮膚には、この世の邪悪を煮詰めたような、醜悪なモノが、ノッペリと張り付いている。
遠くから見つめただけでは、何も理解出来るはずも無かったのである。
そう、フリードリヒが気付いた時、彼の意識は現実へと引き戻された。
「…被害状況を報告せよ。」
何とか目を覚ました、情報参謀が、彼の質問に答える。
「分かりません。魔信が故障しており、前線からの連絡は途絶、連絡将校からの、伝令を待つしかない状況です。」
フリードリヒは、固く目を瞑る。しかし、それも束の間、目を見開くと、隣で膝を付き、何かを堪えるように、呼吸を整えている男へと、声をかけた。
「そうか…。連絡が入り次第、通達せよ。
ミハイル戦術参謀、無事か?
いや、無事であるかは、この際どうでも良い。
今より、作戦第四段階を始動する。
可及的速やかに部隊を立て直し、戦略的撤退を開始する。
撤退ルートの選定および、詳細な実行計画を作製せよ。
30分で出来るか?」
ミハイルも、少しふらつきつつも立ち上がり、綺麗な敬礼を見せた。
「15分で可能です。
今より、選定及び実行計画を作製します。」
徐々に、連絡将校達が場に到着していく。
数分以内に、復旧した魔信からも、夥しい数のモールス信号が、司令部へと伝達される。
司令部員の声が行き交い、突貫工事的に、部隊の再編成が進んでいった。
「歩兵部隊は、8割が壊滅、残る兵士たちも、行動不能…か。」
重々しい事実、しかし、彼の決断は早かった。
「軍を2つに分ける。
砲兵部隊及び、騎兵部隊の8割を、A軍集団と呼称する、部隊再編が完了し次第、実行計画に基づき、撤退を開始せよ。
残存する歩兵部隊並びに、騎兵部隊を、B軍集団と呼称し、立て直しが完了すれば、直ちに撤退を開始するものとする。
A軍集団の臨時指揮官として、ミハイル戦術参謀を指名する。
私はB軍集団を指揮する。他の全ての参謀は、A軍集団へ同行せよ。」
ミハイルは目を剥き、詰め寄るように抗議する。
「それは余りにも無謀です!
部隊を分けるのには賛成ですが、B軍集団の指揮には、私をご指名ください。
閣下を失うような事があれば…!」
フリードリヒは、ゆっくりと片手を翳し、彼の言葉を留めた。
「勘違いするな、ミハイル戦術参謀。
B軍集団は、未だ混乱の渦中にある。そのような部隊を統率できるのは、私以外には居ない、というだけのことだ。
私は勿論の事、B軍集団の誰一人として、見捨てる気はない。
ミハイル、貴様ならば、私の言いたいことが分かるだろう?」
ミハイルは、咄嗟に口を開き、直ぐに閉じた。
暫くの沈黙の後、絞り出すように、彼は告げた。
「分かりました…。どうか、ご武運を。」
フリードリヒは、自信ありげに微笑むと、静かに敬礼を返した。
ミハイルもまた、涙を滲ませながら答礼すると、直ぐに参謀団へと指示を開始する。
その様を見届け、フリードリヒもB軍集団の立て直しを急いだ。
直後より、A軍集団の撤退が開始された。
後世の記録から、A軍集団には、約5万人が配属されていた事が確認されている。
B軍集団の兵数は、推定と伝聞によれば、凡そ3万人弱が、A軍集団の撤退開始時点で、存在したと見なされているが、正確な人数は、明らかとなっていない。
B軍集団は、帰還することは無かった。
それだけが、歴史的な事実として、正確に記されているのみである。
作戦名「オーバーチュア」
作戦結果、失敗。
死者行方不明者数∶約15万人。
生存者数∶約5万人。
作戦指揮官∶フリードリヒ・フォン・ロイエンベルク・ミッテルランデ(階級、元帥)
作戦終了時の所在、行方不明。
本日も、ご読了頂きありがとうございます。初めましての方は初めまして。チャデンシスと申します。大体週一〜週三ペースで投稿しています。
これにて、第一章は終了となります。引き続き、責務の王国をお楽しみください。




