第三話「鳴動」
前回からの、あらすじ。
魔物増加バーン! 調査決定ドーン!
フクロウの鳴き声、猿の叫声。
鬱蒼とした森林の中、200名の集団が、頻りに辺りを睨み、互いの死角をカバーし合うように、軍靴の音を、静かに響かせていた。
彼等は、第3特務大隊「サイレンティアム」。
王立参謀本部直轄の、特殊部隊の一つである。
最新鋭の軍装、魔導具を装備した、この大隊は、王立中央研究所の要請で、とある任務を帯びて、旧宗教国家群へと赴いていた。
副隊長の、アレクセイ中尉が、傍らの男に告げる。
「大隊長、マナ測定機が、異常値を更新し続けています。
これ以降、いつ第三等級が自然出現しても、可笑しくありません。」
大隊長は、一つ頷くと、無線に向けて口を開く。
試作中の、無線魔導通信機。
王立中央研究所から、今回の任務の為に、借り入れたものであった。
「大隊各員に伝達、魔素濃度が、レッドゾーンに入った。
これ以降、必要以上の魔導行使を禁ずる。
以上、通信終了。」
大隊長は、後ろを少し振り返り、通信が無事に行われたのかを、確認する。
見た限り、6割の兵士には、伝達されているように見受けられた。
通信に気付いたものが、そうでないものに囁きかけ、ざわめきと共に、命令が行き渡っていく。
皆一様に、顔は険しい。
魔境を上回る環境で、これから向かう先を考えれば、当然でもあった。
次第に、動物の鳴き声は聞こえなくなり、不気味な静けさが辺りを支配していく。
動物を拒絶するような、重々しい沈黙は、彼等を飲み込んでいくかのようであった。
先頭集団の視界は、突然開けることになる。
先程までの森とは打って変わって、そこには平地が広がっていた。
小川が流れ、草原が広がる、いっそ穏やかさすら感じる光景。
しかし、彼等の心は、少しも晴れる事は無かった。
マナ測定機は、既にレッドゾーンを振り切り、魔素濃度は、物理的な重さすらともなっているように思えた。
それすらも、彼等は気付けない。
目の前に横たわる、否、恐らく横たわっているであろう存在が、視認するも怪しい存在が、そこに居たからである。
大隊が、完全に平地に展開した時、ようやく、副隊長が、かすれた声を上げる。
「あれが…特級怪物…まさか、実在したとは。
しかし、この光景は、一体…。」
大隊長が、口をこじ開けるように答える。
その脳裏に、これまで感じたことが無いほどの、嫌な予感、そして、生存本能の警鐘を、ヒシヒシと感じながら…
「…分からん。それを考えるのは、我々の役目ではない。
我等の受けた命令は、ただ一つ。
特級怪物の活動、その調査だ。
今は、任務に集中しろ。」
「…ハッ、了解しました。」
大隊長は、自身の懸念を押し殺し、通信により、放心状態の隊員を鼓舞しようと試む。
しかし、無線は、一つの音も立てることは無かった。
舌打ちをすると、彼は一つ愚痴を呟き、直ぐに肉声を張り上げる。
「魔素で、術式が焼き切れたか…これだから、試作品は嫌いなのだ。
いい加減に目を覚ませ!
それでも貴様ら、栄えある王国軍の精鋭か!?
腑抜けた面に喝を入れろ、入れることの出来んやつが居れば、隣の者が、代わりに入れてやれ!
貴様らはなんだ!?」
「サイレンティアム!!」
何割かの隊員が、声を上げる。
条件反射の為せる技か、しかし、その声は弱々しいものであった。
「声が小さい!!貴様らは、我らは何者だ!!!」
「サイレンティアム!!!
静かなる者、王国の暗鬼にして、密偵!!!」
全ての隊員が、声を張り上げる。
隊員達の頬は、赤く腫れ、その瞳は暗く沈む。
任務の為ならば、心を殺し、恐怖を鎮める。
それが、サイレンティアムであった。
大隊長からの指示に従い、予め決められた定位置へと、観測機器を手に、隊員達が展開していく。
慣れた手つきで、煩雑なスイッチを叩き、刻み込まれた術式が展開されていく。
蒼い燐光が舞い散ると、無線よりも遥かに頑強な観測機器は、数多の曲線を出力し、データを記録していった。
大隊長も、傍らに副隊長を従え、怪物の全容を、カメラに収めていった。
草原を踏みしめ、小川を跨ぎ、風の一つも吹かない中で、乾いた音が響き、シャッターが切られていく。
一つの地点で、十分なデータが集まれば、今度は次の地点へと赴く。
しかし、観測を繰り返す度に、異常が発生した。
とある隊員は、軽い耳鳴りと共に、体調不良を訴え、観測機器の一部が頻繁に故障する。
この地に満ちる、膨大なマナ濃度に、人体も、そして機械も、耐えきれなくなっているのは、明らかであった。
そうして、3日が過ぎ去った頃には、王立中央研究所が求める、膨大なデータの集約が、何とか完了していた。
サイレンティアムは、撤収準備を行う。
その場には、何処か安堵の籠もった雰囲気が漂っていた。
隊員達は、気持ち急いだ様子で、観測機器を片付けていく。
そんな時であった。大隊長の首筋が、悪寒に包まれる。
彼は、異変に気づき、訝しげに副隊長に話しかける。
「アレクセイ、何か、変じゃないか?」
アレクセイは、淡々と答えた。
「何、というと?ここが変なのは、今に始まった話では無いでしょう。」
「それはそうだ、だが、そうじゃない。
ここ3日間、そこにあったものが無い、そうだ、聞こえないのだ…小川の、せせらぎが。
ッ!?」
大隊長が、その言葉を言い終わった、ちょうどその時、マナ測定機が、一際甲高い音を上げて、弾け飛んだ。
それにより、副隊長が蹲る。
大隊長が駆け寄った時、彼の右手は、真っ赤な血に染まっていた。
「大丈夫か!?アレクセイ!
今、止血を行う、暫く耐えてくれ。」
大隊長が、ガーゼを手に取り、止血を試みようとした、その瞬間。
凄まじい耳鳴りが、大隊長を襲う。
苦悶の声を上げ、倒れ伏す。
頭が割れるような頭痛に苛まれる。何とか周囲の様子を見ると、大隊の全員が、同様の症状に見舞われている様であった。
そんな彼の視界の端に、ソレは映った。
醜い肉塊、それが覆う皮膚には、怨嗟の声を上げるかのような、人間の顔がところ狭しと張り付いている。
これまで、全容を把握出来なかった、ソレは、ゆっくりと彼等に迫っていた、否、迫っているのではなく、転がってきている。
その事を認識した時、彼は、咄嗟に副隊長を突き飛ばしていた。
副隊長の手には、全ての観測データの入った、魔導盤が握られている。
それさえあれば、それさえ無事であれば良い、そう判断しての事であった。
最後の瞬間、彼は、咄嗟に掴んだ愛銃を構え…離した。
愛銃が地面に落ちようとする頃には、それを見ている者は、最早誰も残っていなかった。
その日、ロイエンベルク王国の精鋭、王国に数々の観測データを持ち帰り、同時に敵を打ち破ってきた、暗鬼、サイレンティアムは、僅か数秒で壊滅した。
アレクセイ副隊長は、何とか帰還に成功した。
しかし、彼の右手は、見るも無惨に壊死し、到着と共に壊れた装備の数々は、限界以上の行使を受けたことは、明らかであった。
彼の手で持ち帰られた魔導盤は、即日、王立中央研究所に回され、研究員の寝る間も惜しんだ分析により、一つの結論が導き出される事になる。
「特級怪物が、目覚めかけている。」
その情報は、王国上層部にのみ共有され、王国史上でも、殆ど類を見ない程の、徹底的な情報統制が敷かれた。
ロイエンベルク歴が始まって以来、王国共通の恐怖であり続けている、特級怪物。
そんな存在が、解き放たれようとしているなど、市井に知られれば、恐怖は伝播し、瞬く間に、臣民は制御不能なパニックに陥る。
そう判断した、オットー6世直々の勅令であった。
それから、半月が経過しても、アレクセイ以外の隊員が、姿を現す事は無かった。
静かなる者、サイレンティアムは、特級怪物の寝返り、その余波という、戦いですらない行為により、たった一人を残して、この世から消滅したのである。
本日も、ご読了頂きありがとうございます。初めましての方は初めまして。チャデンシスと申します。大体週一〜週三ペースで投稿しています。




