第一話「予兆」
新作始動!!
ロイエンベルク王国戦記シリーズ、第4作にして、全ての集大成です!
12万文字前後を予定しているので、ノンビリお付き合いください!
一人の男が、作りの良い双眼鏡を持って、数kmは離れた、とある地点を観察している。
否、正確には、とある地点に存在する、魔の存在…魔物が打ちのめされる瞬間を、ただ黙って見つめているのだ。
遠く離れているにも関わらず、戦場の振動、そして轟音は、物理的な圧力すら伴って、彼の髪を靡かせる。
近寄りがたい雰囲気すら漂わせている彼に、自然体で話しかける、女士官の姿がある。
「ハインツ司令。第三等級魔物、オーガの捕捉、撃滅が完了致しました。
現在、偵察小隊により、死亡判定を行なっております。」
ハインツは、双眼鏡から目を離すと、女士官の方を振り返り、答えた。
「報告ご苦労、アデリナ副司令。
討伐の様子は、コチラからも、よく見えた。
鮮やかな手際であった、前線の兵士達に、褒賞を用意しなくてはならんな。」
「それでは、司令が選ばれた、ビール等が良いでしょう。
貴方が選ぶ酒類は、兵士達から大人気ですから。」
アデリナからの言葉を聞くと、ハインツは笑みを浮かべながら、続ける。
「それだけでは足りん、危険給とは別の、等級ボーナスも支給しよう。
なにせ、第三等級を討伐したのだから…な。」
その言葉を聞くと、アデリナは顔を顰め、気乗りしないように忠言する。
「ですが、宜しいのですが?
ここ半年間で、魔物の出現数が2倍近くになっています。
このままでは、危険給やボーナスで、我が司令部の予算が、底を突きますよ?」
ハインツは、逡巡の後に口を開いた。
「それに関しては、問題無い。
先月、フリードリヒ閣下に、追加で予算申請を提出した。
理由が理由だからな。ついこの間の、臨時議会で、軍事予算も増額された事だし、恐らく通るだろう。」
アデリナは、それを聞くと、安堵したように息を吐く。
「そうでしたか、ならば、私としては何も言うことはありません。
ボーナスの支給は、私にとっても、有り難い話ですから。」
話が一区切りついた所で、ハインツは、緩んでいた顔を硬くし、アデリナに指令を出す。
「それはそれとして、だ。
1週間後までに、定例報告を提出しなければならない。
2日以内に、ここ半年間の、魔物の出現状況を纏めてくれ。
私はそれを用い、報告書作成を行う。」
アデリナは、指令を受け取ると、敬礼を行う。
「了解しました。司令。」
突如として、警報が鳴り響く。100デシベルを裕に超えるその音は、確かな意味を持って、周辺に居る人間の耳朶に到達した。
ハインツは、一瞬、目を見開くと、直ぐ様司令部に向けて駆け出す。
傍らにはアデリナも並走し、数分以内に両名は、ランデール辺境伯特別司令部に到着していた。
彼等が司令部に着くと、それに気付いた連絡将校が、事の次第を伝えようと駆け寄る。
「偵察部隊より、入電です。
第二等級魔物の出現を確認、種族名『ボラタイルスライム』と断定。
現在、対象は南西に向けて浸透中であり、10分以内に、グリッドC_47、82に到達するとのことです。」
ハインツは、報告を聞くと、すぐに指示を飛ばす。
「全軍に伝達、第一種戦闘配置、戦闘隊形『シュッセル』を取り、グリッド基準点Cに急行せよ。
砲兵部隊は、到着次第、グリッドC_47、82に照準を合わせ、標的の位置を速やかに特定、待機せよ。
連戦とはなってしまうが、諸君等には、これを乗り越える力があると、私は確信している。
各員、一層奮励努力せよ。
命令は以上だ。」
命令が伝えられた瞬間、整然としたざわめきを伴い、司令部は、一つの戦争機械として動き始める。
各々の役割に応じ、同時多発的に人の群れが動くと、その動きは前線にまで波及していく。
命令から僅か十分後、彼の命令は形となり、完璧に遂行された。
軍装を纏い、ライフルを携えた兵士達は、戦場の彼方此方に掘られた、蛇のような塹壕の中で、少しの動揺も無く、敵を迎え撃たんと構えている。
砲兵達は、冷静に狙いを定め、鈍い黒色の砲身を傍らに、その時を待つ。
ハインツは、その様子を満足気に見渡すと、双眼鏡を持って、予測地点を凝視した。
そうして、マギア・フォレストから、それは現れる。
不定形にして醜悪、絶えず形を変え、あたりを飲み込まんとする、ゼリー状の存在。
生物かどうかすら怪しいその存在は、玉虫色の肉体を、その飽くなき食欲に任せて、縦横無尽に走らせている。
刹那の時、沈黙の後に、水が弾ける様な音をたて、ゼリー状の肉体が、一部弾け飛ぶ。
兵士達による一斉射撃が始まると、周囲を破裂音が包みこんでいく。
破裂音が鳴り響く度に、スライムの肉体は波打ち、変形する。
しかし、少しの痛痒すら感じさせず、スライムは前進し続ける。
ハインツは、そんな状況にあって、冷静に口を開いた。
「全砲兵部隊に伝達。
目標座標、グリッドC_4755、8237。
フォイアーザルヴェ!(一斉射撃!)」
数秒後、次々と砲撃が開始される。
7.5、8.8、10.5、12.8
それぞれの大きさの砲弾が、皆一様に、蒼い燐光を伴って飛翔、スライムの肉体に、連続的に叩き込まれる。
弾着とほぼ同じタイミングで、腹に堪えるような砲声が、周囲一帯に轟く。
それはまるで、その身に秘める、圧倒的な破壊力を誇示しているかのようであった。
銃弾とは、比べ物にならないその衝撃は、魔力を伴う爆発により、威力を飛躍的に上昇させていく。
次第に、スライムの肉体再生が追いつかなくなり、その豊満な身体は、徐々に縮小していく。
体の一部が吹き飛び続けているにも関わらず、、前線の兵士達は薙ぎ倒され、喰われていく。
喰われる瞬間、溶け出す肉体の痛みに耐えられない兵士達の、断末魔が発せられるが、それは砲声と銃声に掻き消され、誰の耳にも届くことは無い。
数十分間の後、スライムの周りがクレーターだらけになった頃、一つの砲弾が、スライムの中核を捕らえた。
弾着した、魔鋼の円錐は、爆裂術式を作動させ、一瞬で高温のガスを噴出する。
スライムの中にあった石が砕けた途端、ゼリー状の肉体は力を失い、溶けるように、地面に染み込むようにして、僅かばかりの泥濘と化した。
偵察部隊により、死亡判定が為されると、それを聞いたハインツにより、撤収命令が下される。
疲労困憊となった兵士達は、戦死した同胞に思いを馳せつつ、兵舎に帰っていく。
そんな兵士達の様子を見たハインツは、ただ1人呟く。
「マズイな…消耗が激しすぎる。
このままでは、遠からず限界が来るぞ…
一刻も早く、フリードリヒ閣下にお伝えしなければ。」
ハインツは、軍装を翻し、司令室に急ぐ。
その姿に焦燥感は無かったが、その胸中には、未来への暗雲が立ち込めていた。
本日も、ご読了頂きありがとうございます。初めましての方は初めまして。チャデンシスと申します。大体週一〜週三ペースで投稿しています。




