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― 第二章 ― *日常2*

 

 古文が終わった後の時間は、飛ぶように過ぎていった。あっという間に午前中、午後と授業が終わり、日もだいぶ傾いていた。

 HRも終わり、後は帰宅するだけ。部活がある者は部活へ、仕事が残っている者は仕事を片付けにとそれぞれが散らばった。

「それじゃ、黒崎。また明日な!」

 そう言って、カズサは重そうな荷物を抱えて笑った。カバンに荷物を入れていたレイカは、少し間をおいて視線を合わせずに答えた。

「・・・さようなら」

「おう!またな!」

 レイカの素っ気ない返事に対して嬉しそうに笑うと、カズサは走って教室を出ていった。途端、ポケットに入れていた携帯が振動した。誰からのものかはすぐにわかった。真っ白いシンプルな携帯を取り出し、一様誰からなのかを確認する。予想通りの名前が表示されており、受信ボックスを開きメールの内容を見る。

『研究室に来い。』

 最低限の内容が書かれてあった。(はた)から見ればとてつもなく怪しいメールだが、あの人(・・・)からのメールはいつもこんな感じだ。

 携帯を閉じ、無造作にポケットに入れる。荷物を入れ終えた鞄を持ち、レイカは教室を出た。


 高等部校舎の構造は(いた)ってシンプルだ。平行に並んだ2つの長方形の校舎に渡り廊下があるだけ。もっと(こま)かく言うと、東と西に校舎が並び、その間を各階の南側に渡り廊下が設置されている。校舎を上から見ると、漢字でいえば凹みたいな形だ。

 東校舎は主に生徒たちの教室がある。いわゆる教室錬だ。そして西校舎は、主に食堂や音楽室などの教室がある、多目的錬である。

 今レイカが向かっている場所はメールにも書かれていた研究室だ。研究室は多目的錬なので、西校舎に行かなければならない。レイカは東校舎から西校舎に掛かる、2階の渡り廊下を歩いていた。少し離れた敷地には中等部の校舎が見える。

 研究室は確か3階だったはずだ。滅多(めった)に研究室など行かないので、少し自信がない。

 階段を上り、廊下に出て右に行く。記憶が正しければ、この廊下の突き当りのはずだ。

「・・・あった」

 自然と声が出る。扉には時間が経って(いた)んだ紙に『研究室』と書かれてあった。

 少し躊躇(ためら)ったあと、レイカはそっと横開きの扉に手をかけた。そしてカラカラととても軽い音が鳴り、扉が開く。

「・・・・・」

 開けた途端、埃っぽい匂いが鼻をついた。レイカ達の教室の半分くらいだろうか、室内は思ったより狭い。入口の正面には窓があり、ぴったりと閉められていた。

 部屋の真ん中には少し小さめの実験机が1つ。机の上には実験器具やらそれが入った段ボールなどが無造作に置かれていた。壁にはほとんど何も収まっていない棚、入口の左には埃をかぶった空の水槽がいくつも重なっている。他にも、骨格標本や人体模型、実験器具が詰め込まれた段ボールがたくさんあり、それはすべて部屋の端に追いやられ、埃をかぶっていた。

 ここはまるで、研究室というより実験道具の倉庫に近い。

 そんなことよりも、レイカを呼び出した当の本人はどこにいるのだろうか。この部屋にはいないようだ。来るまでこの部屋で待っていようと思い、1歩踏み出した。すると、

「もう来たか。意外に早かったな」

 感情の欠片も入っていないような声が響いた。しかも、後ろからだ。

 ぱっと見ると、いつの間にかレイカの後ろに黒ずくめの青年が立っていた。靴も着ている服も髪も瞳の色も全てが黒で包まれている。それに、端正な顔立ちの持主で、街中を歩いたら誰もが振り返るだろう。だが、それは目つきが悪くなかったらの話だ。せっかくの美貌も目つきが鋭いせいでぶち壊しだった。

「うん、何も用事なかったから。翔吾(しょうご)こそどうしたの?」

「あぁ。実はここの責任者の奴から掃除を頼まれてしまってな」

 翔吾と呼ばれた青年は、感情のこもっていない瞳でレイカを見ながら研究室に入る。レイカも翔吾に続いて入ると、埃っぽい空気が肺に入ってきて思わず咳きこんだ。それを見かねた翔吾が窓を開け放った。ガタが来ていたらしく、ガタガタ鳴りながら窓は開いた。

「長い間放棄(ほうき)していたらしい。――――― 悪いな、こんなところに呼び出して。ついでに手伝ってくれれば幸いだが」

 悪い、と言っているには、全くと言っていいほど気持ちが入っていない。しかし、いつものことなのでレイカは別に気にしない。

「いいよ。どうせ帰っても何もすることないし」

 言いながら、レイカは微笑んだ。カズサと翔吾に対する接し方はまるで別だ。

「そうか。じゃあ、頼む」

 そう言ったきり翔吾は一言もしゃべらず、黙々と部屋の掃除をし始めた。レイカも散らかった道具を棚や段ボールに直していく。

 レイカと翔吾の関係は、形上付き合っているということになる。いわゆるカップルだ。だが、世間が言っているようなカップルとはまた違うものだった。遊びに行くことなど皆無(かいむ)と言っていいほどだろう。カップルらしいことはせず、するとすれば帰りは一緒に帰ったりするくらいだ。

 もともと、レイカの中に後瀬(あとせ)翔吾という人物はいなかった。要は、知らなかったと言っていい。小学校は違い、中等部は一緒だったらしいがクラスは違った。そして高等部の1年生の時、初めて同じクラスになって知ったのだ。特に気にはしなかったが、浮世離れしたその美貌と、誰をも寄せ付けぬような雰囲気に包まれた翔吾は、ある意味クラスで浮いた存在だった。

 そんなある日、レイカはふと確信に近いものを抱いた。あの人は、あたしと似ているのだ、と。何物にも関心を抱かず、他人と一線引いて接する姿はまるで自分と似ていると。

 そう考えているうちに、レイカは自然と翔吾のことを目で追っていた。別に恋愛感情があったわけではない、と思う。実際、レイカにはわからなかった。

 そんなこんなで1年が過ぎ、2年に進級して間もない頃の事だ。放課後、運悪く担任に捕まってしまい、レイカは遅くまで雑用をやらされた。帰る頃にはすでに完全下校時間を過ぎてしまい、日も落ちて辺りは薄暗くなり、しかも雲は一段と低く今にも雨が降り出しそうだった。

 家には、朝干した洗濯物があるのだ。これで雨が降ってきたら干した意味がない。急いで帰ろうと学校を飛び出すと、玄関前には黒い服で身を包んだ翔吾が立っていた。どうしたのだろうかと思ったが、レイカは気にせずそこから立ち去ろうとする。だが、

「待て」

 突然発せられた声に、レイカは思わず立ち止まる。その声が翔吾の声だと気づくのにさほど時間はかからなかった。

「何・・・?」

 眉をひそめながらレイカは振り向く。すると翔吾は表情一つ動かさずレイカに歩み寄ってきた。

 何だろうかと軽く睨みつける。だが、翔吾の表情は変わらず、レイカの目の前で立ち止まってこう言った。

 ――――― 俺と付き合う気はないか?

 最初は聞き間違いか、あるいは翔吾の言い間違いだと本気で思った。

「・・・何を言っているの?」

「質問に答えろ。俺と付き合う気はないか?」

 再び同じ問いを口に出し、翔吾はレイカの目を真っ直ぐに見てくる。どうやら本気らしい。

 何故、こう唐突(とうとつ)にこういう事を言うのか。何故、1度も話したことのないような自分なのか。聞きたいことはたくさんあったが、レイカはとりあえず質問の返答をする事にした。

 ――――― いいよ。

 何故、こう答えたのか。自分でもわからないが、たぶん好奇心だろう。自分と似た存在が、どのようなものなのか。それを、付き合うという形でもっと身近に感じようとしたのだ。

 この出来事を境に、レイカは翔吾と付き合う事になった。ただ、2人とも面倒事が苦手なため、なるべく周りに知られないようにというのが結束(けっそく)だった。

 だが、そうやって付き合っているうちに自然と翔吾に()かれた。惹かれていった。理由はわからない。とにかく、向こうがどう思っているのかはわからないが、レイカは翔吾に惹かれた。

「そこの段ボールを取ってくれ」

 机を挟んで翔吾は言った。レイカはすぐに段ボールを取り、手渡す。

「はい」

 礼も言わず受け取り、翔吾は実験器具を手慣れたように段ボールに収めていく。その姿を横目で見ながら、レイカは作業を続行した。


 学校を出る頃にはすでに日は沈み、空には数個の星が散っていた。

 家路(いえじ)辿(たど)るレイカは翔吾と並んで歩いていた。街灯が照らすアスファルトは冷たく、その上を歩く靴の音が2人分鳴っている。心地よい風が、レイカの長い黒髪を靡いた。

「・・・・・」

「・・・・・・・」

 住宅街を歩く2人は無言だった。道の両側の家々は明かりを灯し、中から時たま楽しそうな笑い声が響いた。

 翔吾に家まで送ってもらうのは日常だった。初めの頃は戸惑っていたが、今となってはそれが当たり前となってしまった。これがいつまでも続くといいなと、らしくない事を思ったりする。

 その間、会話をする事はほとんどない。話題が思いつかないというのもあるが、会話をしたところで話がすぐに途切れてしまうため、ほとんど意味がないと言っていい。沈黙が苦手な人は無理だろうが、レイカ達は元々沈黙の中で生活していたため、逆にこの方が都合いいのだ。

 ちらり、と翔吾の横顔を見る。綺麗な顔立ちに思わず見惚れてしまいそうになってしまう。目つきが鋭いが、何故かレイカは逆にその方が良いと思った。すると、レイカの視線に気付いたのか、不意に翔吾がこちらを見た。

「何だ?」

 相変わらず表情を変えず言ってくる翔吾に、レイカは慌てて視線を外す。

「ううん。・・・何でもない」

「そうか」

 そう言って、翔吾はまた前を見る。そんな翔吾をまたちらりと見て、レイカも視線を前に向ける。気付けば、もう家の前だった。

「着いたな」

 玄関前で立ち止まり、翔吾は軽く鼻を鳴らす。

「いつもありがとう、翔吾」

「気にするな。俺が好きでやっているだけだ」

 レイカの言葉に素っ気ない態度で答える翔吾。少しの間沈黙が下り、不意に翔吾が(きびす)を返す。

「また明日な」

「う、うん」

 その様子に、レイカは慌てて言う。

「おやすみ、翔吾」

「あぁ。――――― おやすみ」

 ちらりと視線だけをレイカに向け、そのまま背を向け翔吾は闇夜(やみよ)の中に消えていった。

 それを見送り、レイカは少しの間夜の空気を吸う。カバンから鍵を取り出し、レイカも家へと入っていった。


 レイカの長い1日が終わった。

 日常編はこれで終わりです。

 次からは本編に入れると思うのですが……

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