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― 第一章 ― *日常1*

 

 その日、黒崎零架は普段より早く目が覚めた。


 朝の直射日光をまともに顔に浴びたレイカは、自然と目が覚めた。

 不機嫌そうに目をこすりながら、光が漏れる窓を睨みつける。普段ならカーテンで光を遮断しているのだが、昨日は予習やら宿題やらに追われ、そんな余裕さえなく眠りについてしまったことを思い出す。

 ベッドから体を起こし、枕もとにある時計を見る。時計の針は午前6時前を指していた。前夜の自分の失態のせいで1時間も早く目が覚めてしまった。小さくため息をつき、背中まで伸びた黒髪を手でかき上げる。

 もう1度寝るという手段があったが、残念ながらレイカの眠気はすっかり覚めてしまっている。2度寝を諦め、早めの朝食を取ることにした。

 階段を下り、リビングへと足を運ぶ。3LDKと立派なリビングだが、ガランとした部屋はただの大きな箱にしか見えない。レイカは小学生の時に両親を亡くして以来、1人暮らしをしていた。

 お金には困っていなかった。もともと大きな会社を務めていた父と、モデルをやっていた母。この立派な1軒家のローンもすでに支払い終わっている。高校の授業料なども、両親たちが懸命に貯めたお金のおかげで苦しまずに払えている。暮らしに不便はなかった。

 しん、としたリビングに入りカーテンを開ける。日当りのいい場所に建てたため、季節に関係なく早い時間から光が差し込んでくる。秋のさっぱりとした天気が空に広がっていた。

 チャンネルを取り、テレビをつける。この時間はニュースしかない。見慣れたアナウンサーが昨日の事件やら出来事を、訓練された話し方でしゃべっていた。

 そんなテレビの画面に視線をちらりと向け、レイカはカップを取り出しお湯を沸かす。元々朝に弱いレイカは、朝食を取るのが苦手だった。お湯を沸かしている間、クロワッサンを1つ食べ、湧きあがったお湯をカップに注ぎコーヒーを作った。

 湯気のたつカップを手に椅子に座る。テレビを睨むように見て、コーヒーを1口啜った。

『昨日の午後7時20分頃、**県**市で火災が起こりました。火は1時間後に消されましたが、鎮火した家の中からこの家に住む ―――』

 興味なさげに、レイカは再びコーヒーを啜る。今見たいのは事件のことより、天気予報だ。洗濯物を干さなければならないからだ。まぁ、外を見れば天気かどうかなんてすぐにわかる事なのだが。

 コーヒーを飲み干し、レイカは立ち上がる。食器を洗うのは帰って来てからでいいかと、カップは流し台に置いた。

 テレビは点けっぱなしで、リビングを出る。部屋に戻りクローゼットから制服を取りだす。レイカが通っている聖火学院には、中間服がない。そのせいで、この時期は夏服か冬服のどちらかに分かれる。レイカは後者だった。白いラインの入った黒のブレザーの制服で、テキパキとレイカは着替える。

 着替えが終わると、次は洗面所へと向かう。歯を磨き、洗顔をする。むくんだ顔に軽くマッサージを施し、丁寧に髪を櫛でとかす。その間も、レイカは無言だ。

 毎朝やっていることが終わり、壁にかかっている時計へと目を向ける。針は7時過ぎを指していた。普段より1時間近く早く起きているため、全ての事が1時間ずれている。何もする事がなくチャンネルを回してみるが、どの局もニュースしかやっていなかった。

 仕方がなくテレビを消し、戸締りを確認した後、レイカは学校へと行くことにした。


 朝の光は眩しい。家のドアに鍵をかけ、レイカは真っ青に晴れ渡っている空を仰ぐ。空はどこまでも青く、雲はうっすらと空にかかっていた。

 真っ直ぐと伸びる道路を歩く。両脇は綺麗な家々が並び、庭に植えてある木々が秋色に染まっていた。辺りは朝早いという事もあって、早朝出勤のサラリーマンや、朝錬に向う高校生などと時々すれ違うくらいだった。こんな朝早くからご苦労だなと、少し同情する。

 学校までレイカの家から徒歩で30分ほど。さほど遠いわけでもないので、交通費は必要ない。一番遠いところから通っている生徒は、電車通学で駅3本ほど遠いらしい。わざわざそんな遠いところから来るなんて、そんなにこの学校に来たかったのだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいいのだが。

 少し冷えた風がレイカの頬を撫でていく。まだ9月の末頃だが、今年の冬はもうそこまで来ているのかも知れない。

 そんなことを考えながら、レイカは学校へと足を進めた。


   †


 レイカのクラス、2年3組の教室に着いたのは7時半過ぎだった。閉まりきっていた室内には少し埃っぽさが漂っていた。生徒は誰一人として来ていない。

 顔をしかめ、レイカは窓側の一番後ろの席に荷物を置く。すぐに窓を開け放ち、室内の空気を入れ替える。室内はたちまち新鮮な空気でいっぱいになり、埃っぽさはなくなった。

 窓の淵に手を置き、外を眺める。窓の外には大きな運動場が広がっており、陸上部がトラックを走っている姿が目に入った。レイカは部活とは無縁なので、なぜ朝錬までして部活に励むのかがよくわからない。朝から無駄な体力を使っているとしか、レイカの目には映らなかった。

 眺めていても何もならないので、窓から視線を反らして席に着く。カバンから本を取り出し、しおりが挟まっているページを開いた。途端、勢いよく教室のドアが開け放たれた。

「!」

 突然の事に驚いてレイカは反射的に振り向く。すると、そこには息を切らした男子生徒が立っていた。その男子生徒は、他人に興味がないレイカもよく知っている人物だった。

 男子生徒は一時乱れた呼吸を整えようとその場に立ちつくしていた。そして、呼吸が整い、レイカと視線が合うと顔を引きつらせて笑った。

「意外だな・・・俺よりも先に、黒崎が来ているなんて・・・」

藤島(ふじしま)・・・和佐(かずさ)

 レイカの呟きに、藤島和佐と呼ばれた男子生徒が苦笑する。重そうな荷物を半場引きずりながら、レイカの前の席に荷物を置いた。カズサはレイカの前の席なのだ。そんなカズサから視線を外し、レイカは本へと視線を落とす。

「はぁー・・・っと」

 カズサは疲れたようにどっかりと席に座り一息つく。寝ぐせでボサボサの髪をクシャッとかき上げ、レイカの机に肘をつく。

「何で今日はこんなに早いんだ?いつもは遅刻ギリギリで来るのにさー」

「・・・悪い?」

「いや、悪くはないけどよ・・・。意外だなぁって」

「・・・・・・」

 一切視線を向けず呟くレイカに、カズサはまたもや苦笑する。

「いつも俺が来る時は空っぽの靴箱に、今日は一足入っていたからさー。誰だ?って思って走ってきたら・・・まさかの黒崎だもんなぁ。・・・あぁ、ホント別に悪いってわけじゃないからな?」

 次は何も答えず、黙殺する。別にわざと黙殺したわけではない。返す言葉が見つからなかったので、何も言わなかっただけだ。

 カズサは構わず話を続ける。

「つーかさ、そろそろ俺のことフルネームで呼ぶの止めねぇか?普通に『藤島』とかでもいいからさ。・・・まぁ、俺としては名前の方で呼んでほしいんだけどな」

「・・・そんな仲でもないでしょ」

「そうかぁ?俺は結構黒崎とは仲がいい方だと思うんだけどなぁ」

 そう言って照れたようにカズサは笑うのに対し、レイカは眉をひそめる。

 この藤島カズサという男は、レイカの中では“変人”に近いといっていい。人と接することが苦手なレイカは、他人とはどこか一線を引いて暮らしていた。それは両親を亡くした頃からであった。残った幼い少女に手を差し伸べるふりをして、周りの大人たちは少女よりも残った財産目当てで近寄ってきたのだ。小学3年生と幼かったレイカだが、そんな大人たちの考えが手に取るように分かった。分ってしまった。

『かわいそうに。一度にご両親をお亡くなりになって・・・』

『何か困ったことがあったら、遠慮しないで言ってね』

 心にも思っていない事をズラズラと並べて話す大人たち。顔は同情するかのように哀しい表情をしていたが、心の中では今か今かと財産を狙っている。そんな大人たちを信用しきれず、知らず知らずに他人と距離を置くようになってしまっていた。

 今も、それは変わらない。

 高校入学当時は、レイカの美貌に惹かれて話しかけてくる人は山ほどいた。が、レイカがあまりにも冷たい態度で話すので、いつの間にか話しかけてこなくなった。

 にもかかわらず、今目の前に居る藤島カズサという青年は、笑いながらレイカに話しかけてくる。どんなに冷たく接しても、どんなに冷たい言葉を投げつけても、カズサはそれにもめげず、毎日のようにレイカに話しかけてくる。挙句の果てには、くじ運が悪いせいか前後の席となってしまった。

 前に一度聞いたことがあった。私と話をしていて楽しいのかと。すると、カズサは一瞬驚いたかと思うと、いつもの調子で笑ってこう言ったのだ。

『当たり前だろう?前よりもたくさん返答してくれるし、何より、俺は黒崎と話せるだけで嬉しいんだよ』

 それを聞いたレイカは絶句した。そして、理解した。

 この男は、変人なのだと。

 それから、レイカはこの男を変人に近い存在として見ていた。

「うわぁ・・・1時限目から古文かよ。俺、古文全く分んねぇから嫌いなんだよなー」

 カズサの言葉を無言で流し、レイカは本から視線を上げ窓の外へと向ける。

 8時を過ぎ、生徒たちが徐々に学校に登校してきているのが見えた。


   †


「えー、ここはそうだな。昨日の復習になると思うが、ちゃんと理解しているかー?」

 完全登校時間はとっくに過ぎ、生徒達はそれぞれの教室で授業を受けていた。

 レイカ達のクラスは、朝カズサが嫌そうに呟いていた古文だった。黒板には教科書に書いている文が書いてあり、それにあれこれと色つきのチョークで分析されている。それを書いているのは、今年新しく入ってきた古文担当の原田光星(はらだこうせい)というヤング教師。誰にでも優しく、教え方も上手い。その上ルックスも良い方とくれば、女子生徒達は黙っていない。密かにファンクラブさえあると、どこかで小耳にはさんだ事があった。

 かっ、かっ、かっ・・・、カツン、カツン・・・

 軽く弾むように原田は黒板に書き込み、それと同時に甲高い足音が鳴り響く。ヒールでも履いているのだろうかと思うほど、原田の足音は高かった。

 黒板に書かれた文字を、生徒たちが懸命にノートに写していく。だが、目の前に座っているカズサだけは眠気には勝てなかったのだろう。机に突っ伏して爆睡していた。

 レイカもノートから視線を上げ、窓の外に視線を向けた。外ではトラックを走っている生徒たちの姿が見えた。中には先生の目を盗んで歩いているのも見える。

「おい、黒崎!ちゃんと聞いているのか?」

 突然、自分を呼ぶ声が聞こえ、レイカはすぐに視線を窓から外す。見ると、教卓に手をついた原田がこっちを見ていた。

「窓の外に何かあるのか?ちゃんとこっちを見なさい」

「・・・すみません」

 レイカの言葉を聞きそれを確認すると、原田は黒板に向きなおった。その背中に不愉快さを混ぜた視線で睨む。

「グー・・・」

 目の前で眠りこけているカズサ。まず、注意する方は逆ではないのだろうか。授業中に居眠りをしているのより、黒板から視線を外すことの方がダメなのか。天秤に掛けてみるが、どう考えても先にカズサを注意すべきだ。

 しかし、原田はレイカだけを注意してくるのだ。どんなに、今寝ているカズサの様な生徒が他に居ようが、レイカが少し視線を外しただけでも原田はそれを許さないかのようにすかさず注意してくる。最初の頃は別に気にも留めていなかったが、これだけ集中攻撃されると自分に恨みでもあるのだろうかと思ってしまう。

 まぁ、注意されたら素直に謝ればいい。その場しのぎというやつだ。そのほうが楽だし、面倒な事にはならない。

「ここは助動詞で、完了形だからな。さっきのところは形容詞だったが間違えないように」

 黒板を叩きながら説明する原田。視線はしっかりとレイカを見ている。そんな原田を半場睨むように見ながら、レイカは小さくため息をついた。


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