濁った真実⑧
侑芽に名指しされた間倉は、こめかみから汗を流している。しかし、自分に視線が集中していることに気がつくと侑芽をキッと睨みつけた。
「ふ、ふざけんなよ!なんで雨ガッパを持ってただけで犯人にされなくちゃいけないんだよ!?
そんなこと言うなら、この女の人はどっかで買ったかもしれないし、店長だって本当は車に積んでたかもしれないだろうが!」
「店員さんに顔を覚えられる危険性のある小売店でレインスーツを買うとは思えません。
根牟田さんに関しては、確かに車にあった可能性がなかったとは言い切れませんが、そもそも根牟田さんはこの中で1番犯行がやりにくい方だと思います」
「はぁ?何でだよ?店長が自分で、今日の1時くらいから俺が来るまでノーゲストだったって言ってただろ。それってアリバイがないって事だよな?なぁ店長」
「えぇ。そうですが・・・」
根牟田が恐る恐る返事をする。
「それは結果的にお客さんが誰も来なかったと言うだけです。
根牟田さんがこっそりお店を抜け出して犯行に及んだとして、もしその間に誰かが来店して根牟田さんがいない所を見られたら、不審に思われて後で警察に証言されてしまうかもしれません。看板を準備中にしていたとしても同じ事です。なぜか閉店していた所を見られたらアウトです。それに電話がかかってくるかもしれませんし。
なので、根牟田さんは最も犯行がやりにくかったと言えます」
それを聞いて根牟田はホッと胸を撫で下ろした。
反対に間倉の呼吸は荒くなっていく。額にうっすら青筋を浮かべながら拳を震わせている。
「さっきから聞いてたら、可能性だの、やりにくかっただの、あやふやなことばっかり言いやがって・・・!
証拠はあんのかよ証拠は!?そんな憶測じゃなくて、俺が犯人だって証明できる証拠はあんのかよ!?」
「あります」
あまりに侑芽がハッキリと言うので、レム以外の全員が虚をつかれた様子で固まった。
「私は犯人だけではなく、宝石のありかも分かったと言ったはずです。それが動かぬ証拠になります」
「そうだ、そうでしたね。越智先生、宝石は今どこに・・・?」
侑芽は振り返って、自分の後ろにあるチェストを指差した。
「このチェストの下にあります」
えぇ!?と一同からどよめきが起きた。
「そ、そんなバカな!このチェストの下はもちろん、店内の隅々まで私たち警察が二人がかりで探しましたが、見つかりませんでしたよ」
「はい。ですが、どうしても見落としと言うことは起こります。さっきここに入った時に確認しましたが、確かにありました。
今から私が、宝石を皆さんの前にお出しします」
自信ありげに話す侑芽の様子を見て、間倉は薄ら笑いを浮かべた。
「おい!そんなに言うなら、もし宝石が出てこなかったらどうなるか分かってんだろうな?こんだけ人を犯人扱いしやがって、宝石がない時点で、俺は帰らせてもらう。そして今後一切、この件で俺を疑うな。分かったな!」
「はい、良いですよ。その代わり、見つかったら本当のことを話して下さいね」
侑芽は膝をついて、チェストの下を覗きながら隙間に手を入れた。
他の者は侑芽を囲むように見ており、レムもこの時ばかりは侑芽の隣を離れ、間倉の横で様子を見守っている。
「ったく、あるわけないんだよ。宝石なんて。だって俺は犯人じゃないんだから───」
「あった!」
侑芽の大きな声に一瞬時が止まる。
先ほどまで悪態をついていた間倉も、口を開けたまま目を見開いている。
「ほ、本当ですか!?越智先生!?」
警部は思わず侑芽の隣に駆け寄った。
「はい、今お見せしますね。皆さん、これが今回盗まれたブラウンダイヤモンドです」
侑芽がそう言って手を引こうとした瞬間、
「イテッ!な、何しやがんだ!?」
侑芽とは反対の方向から声が響いた。
声がした方へ一斉に視線が集まる。
そこには、カーゴパンツのポケットに手を入れた間倉の腕を、レムが力強く掴んでいる光景があった。
「さすがですね、侑芽ちゃんの言った通りでした。
さぁ、この手をポケットから出して、今持っているモノを皆さんにお見せして下さい。犯人さん」
玉のような汗を浮かべている間倉の顔を、レムはいつものニコニコ顔で見つめる。
しかし、侑芽に向けるそれとは違い、その目には有無を言わせない光があった。
間倉は唇を噛みながら、レムに掴まれたままの腕をゆっくりとポケットから出す。
握られたその拳を開くと、そこにはブラウンに光り輝く美しいブローチがあった。
「これは、まさしく盗まれたブローチ!」
警部がメガネを押し上げながら声を上げる。
侑芽はゆっくりと立ち上げると、間倉の方へ歩み寄り、その手から宝石を取り上げた。
「絶対大丈夫と思っても、こんな風に別の場所から見つかったと言われたら、思わず隠し場所に手がいってしまうと踏んでいました。私に視線が集まっている時なら尚更です。
なので、私の助手にさり気なくあなたの隣に行き、服のどこかに手を入れたら捕まえて離さないようにとお願いしていたんです。
証拠がないこの状況では、さすがに2回目の身体検査はできませんから」
間倉は焦った顔で瞳を揺らし、唇をわななかせている。レムはなおも腕を掴んで離さない。
「レム、ありがとう。もう離して大丈夫だよ」
侑芽の言葉に、レムは間倉の腕を離してご主人様の隣に戻った。
「ち、違う!これは何かの間違いだ!誰かが俺に罪を着せるために、こっそりポケットに入れたんだよ。
だってそうだろ?俺は警察に身体検査と荷物検査をされた時、何も持っていなかったんだから!」
その検査を行った警部は、訳がわからないと入った様子で宝石に見入っている。
「越智先生。私が検査した時点で、間倉さんは間違いなく宝石を所持していませんでした。
これは一体どういう・・・?」
侑芽は宝石を警部に渡しながら答える。
「それはそうですよ。間倉さんは検査される前に宝石を一時別の場所に隠し、その後回収したんですから」
「まさかそんな。人の目があるのにどうやって・・・。どこに隠したと言うんです?」
「それは、間倉さんが注文したアイスティーの中です」
店内が再びざわめく。間倉は反論しようと口を開けているが、動揺からか言葉が出てこない様子だ。
「つまり、間倉さんの犯行の流れはこうです。
宝石店のショーウィンドウ越しに購入手続きをしている婦人を見かけた間倉さんは、婦人が店から出てきた所を狙ってひったくりをすることを思い付いた。
変装をするために急いで駅の駐輪場に戻り、バイクに積んでいたレインスーツを着込んで再び急いで宝石店に戻った。
そして、婦人が店から出て来た所をカバンごと盗んだのです。
警察に通報される前に逃げてしまおうと思ったのでしょうが、間倉さんにとっては不運なことに、警部たちがたまたま近くをパトロールしていた為に予想よりずっと早く追われることになったんです。
焦った間倉さんは、しばらく逃げたところでたまたま見つけた、この店に一旦入ることにしました。レインスーツをドブに捨て、来店するなり腹痛を装ってトイレに入りました。本当はトイレに宝石を隠し、何食わぬ顔で店を出るつもりだったのでしょう。
外で警察に職務質問や荷物検査をされても怪しまれないようにするためです。ほとぼりが冷めてから改めて回収しに来るつもりだったのかもしれません」
「では、なぜ我々が踏み込んだ時、彼はまだいたんですか?」
「間倉さんに二つ目の不運があったからです。それはトイレに入ってすぐに別戸さんが来店されたことです」
「え!?私?」
思いがけず自分の名前が出てきた別戸は、自分を指差して素っ頓狂な声を上げた。
「別戸さんがここに入る直前、パトカーのサイレンが鳴っていたと言ってましたよね。
間倉さんがトイレに入って宝石を隠そうとした時、そのサイレンが聞こえてきたんです。そして続けざまに店のドアベルが鳴った。
それを聞いた間倉さんは、警察が聞き込みに来たのだと勘違いしたんです。
今ここでトイレに宝石を隠しても、店内を捜索されたらすぐに見つかります。そうなったらトイレに入っていた自分が真っ先に疑われる。そう考えた間倉さんは、宝石を再び服のポケットに入れてトイレから出てきた。ところが来店したのは警察ではなく、一般のお客さんである別戸さんでした。
一度トイレから出てきたのに、もう一度引き返すのは不自然です。かといってこのまま外に出たら、犯人を捜索している警察に職質をかけられ、荷物検査や身体検査をされる恐れがある。
だから仕方なく、アイスティーを注文して店に留まり、他に隠し場所がないか探すことにしたのでしょう。
しかし、ここで三つ目の不運が起こりました。それは」
「我々が踏み込んできたこと、ですね」
警部が笑みを浮かべて、侑芽の言葉を受け取った。
「その通りです。しかも警部たちは聞き込みではなく、ここに犯人が逃げ込んだ確信を持ってやって来た。
その上店内の捜索だけでなく、身体検査と荷物検査も行うと言っている。追い詰められた間倉さんは、咄嗟にアイスティーの中にブラウンダイヤモンドを入れて隠したのです」
先ほどから黙って聞いていた間倉だが、何とか呼吸を整えて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待てよ!いくら茶色っぽい宝石だからってアイスティーにそんなもの入ってたら周りが気付くだろ!俺はストレートで注文したから中身は透き通ってたはずだしよ!」
男は侑芽を睨みながら怒鳴り返した。
続いて別戸に視線を投げる。
「おい、あんた!俺の近くに座ってたよな?俺のアイスティーにそんなもの入ってたか?」
「い、いや特に気付きませんでしたけど...」
別戸はオドオドしながらも、記憶を辿って答えた。
「ほらな。小説じゃあるまし、いくら何でもそんなところに隠せるはずが・・・」
「クリームダウンです」
侑芽は間倉の言葉を遮って、聞きなれない言葉を口にした。
「クリームダウン?」
一同の言葉がハモる。ただ一人、間倉を除いて。
「はい。アイスティーを作る際、紅茶に含まれるタンニンとカフェインが結合して紅茶が濁る現象です。
オンザロックでアイスティーを作る際、たまにミルクを入れたような濁り方をすることがありませんか?あれです。
クリームダウンは温度が下がる時に起こります。
間倉さんは、根牟田さんと別戸さんが警部たちの話に気を取られている隙に、お冷グラスの氷をアイスティーに入れて急激に温度をさげ、濁らせたのです。
間倉さんが飲んでいたお冷グラスに氷が入っていないのはそのためです。
まぁ、温度を下げたからといって必ずしもクリームダウンが起きるとは限りませんが、このまま警察に見つかってしまうのなら一か八か、隠してみようと思ったのでしょう」
「しかし、濁ったアイスティーを見られたら不審に思われるんじゃ・・・」
「濁ったアイスティーを仮に見られても、ミルクティーなんだなと思われて記憶には残らないでしょう。ストレートでの注文を受けた根牟田さんはもしかしたら不審に思うかもしれませんが、ご自分の店に警察が来て動揺していたでしょうし、根牟田さんは1番最初に身体検査を受けているので、濁ったアイスティーを目撃する機会は少なかったと思います」
まるで見て来たかのように話す侑芽の言葉に、警部は頷きながら感嘆の声を漏らした。
「なるほど。では越智先生、宝石を回収した方法は、その後起こったあのハプニングですか?」
「その通りです警部。別戸さんが間倉さんのアイスティーを勢いよく床にこぼしてしまったあのタイミングです。
別戸さんが倒さなければ、自分で倒すつもりだったと思います。フローリングの床にこぼしてしまえば、アイスティーがクリームダウンしていたかなんて分かりませんからね。
そうして床を掃除するフリをしながら、こっそり宝石を回収したんです」
「しかし、間倉さんはクリームダウンなんてよく思いつきましたね。私は今日初めて知りましたよ」
「間倉さんは紅茶に詳しいと思いますよ。メニューを見てすぐにEGがアールグレイの略称だと理解されていましたし、お客さんがいない店内の状況を『ノーゲスト』と言うのは飲食業界の方に多いです。
多分、紅茶を扱っている飲食店での勤務経験があるのではないですか?」
その問いかけに枕は答えない。侑芽はその沈黙を肯定と受け取った。
「・・・け、けど、アイスティーに隠したって言うのもお前の想像だろ?証明できるのかよ?」
間倉のその言葉を聞いて、今度はレムが口を開いた。
「できますよ。先ほどあなたが宝石を持っていた手を開いた時、アールグレイの香りがしましたから」
「はぁ?お前何言ってんだ?そんなわけないだろ。だって俺はちゃんと拭いたんだから───」
そこまで言ってから、しまったと言う顔をして間倉は慌てて自分の口を手で塞いだ。
その様子を見て、侑芽は口元を緩ませる。
「今のはハッタリではないですよ。うちの助手は私たちの1000倍以上鼻が良いので」
「せ、1000倍・・・?」
「まぁ、うちの助手の嗅覚が信じられないと言うのなら、鑑識さんに調べてもらいましょう。
時間がない中、手探りで拭いただけではアイスティーの成分を完全にはぬぐえていないと思います。その成分が検出されれば、この推理を裏づけてくれるでしょう。あなたのアイスティーに宝石を入れるチャンスがあったのは、他ならぬあなたしかいないのですから。
その時は間倉さん、説明してくれますか?店舗限定で今日販売されたばかりの新作ジュエリーに、あなたが注文したアイスティーが付着していた訳を。そしてそれがあなたのポケットから出て来た訳をね」
間倉はなおも目を彷徨わせて、口をぱくぱくとさせて言葉を発しようとしていたが、とうとう諦めたように肩を落として俯いた。
「最近ギャンブルにはまっちまって、喫茶店のバイトだけじゃ厳しくてよ。あの宝石店の前を通ったら、店内が見えて、それでつい魔が差して・・・」
「さぁ、後は署の方で聞かせて頂きましょう」
警部が間倉のそばに行こうと一歩踏み出した。
その時、俯いて脱力していたと思っていた間倉が突然顔を上げ、前髪の隙間から侑芽を鋭く睨みつけた。
「くそっ!上手くいったと思ったのによぉ・・・。なんでこんなガキに!お前のせいだ!」
そう怒鳴ると侑芽に向かって走り出し、拳を振り上げた。急なことに、侑芽は体を動かせずにいる。
(うわ、やばい!どうしよう)
思わず目をギュッと閉じて、来るであろう衝撃と痛みに耐えようとした。
しかし次の瞬間、レムが間倉と侑芽の間に滑り込み、侑芽をその長身の背中の後ろに隠した。
「お止めください。こちらの方は僕の大切なご主人様です。恐れ入りますが、無粋な真似はご遠慮頂けますか?
さもないと、こちらもあなたに容赦出来なくなります。それはお互い嫌でしょう?
僕としても、あまり手荒な所をこの方にお見せしたくないので」
そう言うとレムは、間倉にだけ見えるように、鋭い犬歯を剥き出しにして威嚇するように睨みつけた。
先ほどまでとは全く違うレムの雰囲気に気圧されたのか、間倉は拳をおろし、そのまま膝をついた。
その後、外で待機していた複数の警官と共に、間倉は署に連行されていった。
遠ざかっていくパトカーを見送りながら、侑芽は隣にいるレムの顔を見上げた。
「レム、さっきはありがとうね。私、完全に油断してたから動けなくって・・・。ごめんね」
困ったように眉毛を曲げて謝る侑芽に、レムはいつもの穏やかな笑顔を向けた。
「いえいえ。越智家の番犬として当然の事をしたまでですよ。謝らないでくださいね」
「うん。でも夢だから本当は痛みは無いんだよ。レムが危険な目に遭うのは嫌だから、次からは庇わなくても・・・」
そこまで言ったところで、レムは人差し指を侑芽の唇に当てて、続きを制した。
その表情は珍しく曇っている。
「侑芽ちゃん、そこまでですよ。僕は夢だろうとなんだろうと、侑芽ちゃんが悲しい思いをするのは嫌なんです。
だからそんな事言わないで下さいね」
分かりましたか?とレムが言い、侑芽は渋々頷く。そこでレムの表情は再び穏やかなものに戻った。
「それにしても侑芽ちゃん、今回もお見事な推理でした。どこで犯人が分かったのですか?」
「確信を持ったのは宝石の隠し場所が分かった時だけど、最初におかしいなって思ったのは、間倉さんがアイスティーを注文したって聞いた時かな。さっきまでお腹が痛かった筈なのに、冷たいドリンクを飲むのは不思議だなって思ったの。もしかして腹痛は嘘で、何か別の目的があってトイレに入ったんじゃないかって思ったんだ。
間倉さん自身も怪しまれると思ったのか、根牟田さんがアイスティーって言うまで『お茶を注文した』としか言ってなかったしね」
「なるほど。さすがですね」
「ありがとう。後はあの宝石が持ち主の元に戻れば良いんだけど・・・」
その時、電話をすると言って店の裏手に周っていた警部が、バタバタと二人の元に走ってきた。
「越智先生、レムさん!今被害者の婦人に電話をしていたのですが、丁度近くにいるので直接お礼が言いたいと、こちらに向かっているそうです。もうすぐ来るそうなんですが・・・」
警部がそう言うと、通りの向こうから、50代くらいの着物を来た女性が駆け寄ってくるのが見えた。
「あの!もしかして、越智探偵と助手さんですか?」
息を弾ませ、侑芽とレムを交互に見ながら問いかける。
「そうです。あなたがブラウンダイヤモンドの持ち主の方ですか?」
「はい。お電話で警部さんから話は聞きました。犯人を捕まえた上に、ブローチを取り戻して下さったんですね。
警部さんには先ほどお電話でお礼を申し上げまして、他の警察の方にも後ほどお礼を言いに伺おうと思っているのですが、まずはお二人に直接お伝えしたくて。なんてお礼を申し上げたら良いか・・・。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる婦人に、侑芽は慌ててそれを制した。
「いえいえ、そんな。皆さんのおかげで解決できた事ですから。あ、あと警部から聞いているかも知れないのですが、その・・・ブローチがアイスティーの中に入れられてしまっていたんです」
これはトリックを見抜いた時から侑芽が気にしていた事である。せっかく戻ってきた宝石がこんな状態では、持ち主が悲しむのではないかと。
「えぇ。それは電話で警部さんから聞きました。鑑識で調べるからお返しに時間がかかることもお伝え下さいましたわ」
「購入した宝石店に事情を話せば取り替えてくれるかもしれません。それが難しくても、保証期間内でしょうし、何かしらの対応をしてくれるかも・・・」
心配する侑芽の言葉に、婦人はニコッと笑った。
「お気遣いありがとうございます。先ほど宝石店の主人に事件解決のご連絡をした際も、あなたと同様色んな手を尽くそうと提案して下さいました。
ですが、宝石のクリーニングを予約するだけに留めましたわ」
「え!良いのですか?」
今度は警部が驚いた声を出した。
「えぇ。だってそうすれば忘れずにいられますもの。必死に宝石を取り戻して下さった警察の方々と、この可愛らしい探偵さんと助手さんへの感謝の気持ちをね」
婦人の言葉に、三人は顔を見合わせ、照れたように笑い合った。
日没が近づき、辺りは茜色に染まってきた。侑芽が空を見上げると、美しい夕日と共に、あの白い霧も見えていた。
「時間ですね。侑芽ちゃん、今日も良い1日を過ごして下さいね」
「うん。レムもね。また後でお散歩の時に会おう」
霧は徐々に濃くなり、侑芽の意識もまた、徐々に遠のいていった。
「濁った真実」fin.