最終話 ヘタレすぎてどうしようもない!
「だって」
再び彼は言った。
一寸先はyummy! なんてふざけたロゴTシャツを着た、和顔のイケメンである。
普通に生きていたら、自分には一生縁がなさそうなレベルのイケメンである。
そんな彼が、口をむぐむぐさせて耳まで真っ赤にし、それでも頑張って真っ直ぐにあたしを見つめている。こういう時、すぐに視線を逸らしてしまう彼にしては珍しい。
勝負どころなんだろう、きっと彼の方でも。繋いだ手が汗ばんでいる。この人も汗とかかくんだ、なんて当たり前のことを考えて。
ちら、と空を盗み見る。
彼が動いたということは、もしかしたら『機』とやらが、つまりは星が巡っているのではと思ったのだ。けれど、こんな真昼間に星が見えるわけもない。よしんば見えたとて、あたしにはさっぱりわからないだろう。
「はっちゃん」
「はい」
「いえ、あの、えっと。何でもないです」
「はぁ? この状況で何でもないことある?」
あそこから連れ出して、何か気になる言葉をぽつぽつ吐いておいて、だ。
「い、いえ! 違います! 間違えました! その、何でもなくはないです」
「だったら、ほら、頑張ってよ。ちゃんと待つから」
だけど出来れば早めにお願いしたいかな? あのね、ここ、一応日陰になってはいるんだけど、いま真夏だからね?
精一杯優しい言葉をかけてやると、彼はやはり目を逸らさずに「はい」と返した。よろしい。頑張れ。もうこれあれでしょ? あたしやっぱり告白される感じでしょ?
そんな感じで向かい合うこと(体感的には)十分。
いや、さすがに待たされ過ぎじゃない? マジでいい加減暑いんだけど?!
慶次郎さんは相変わらず真っ赤な顔して微動だにしないし!
真っ赤な顔して……真っ赤な……真っ……?
「ちょ、ちょちょちょ! 慶次郎さん?! 何これ、ちょっと熱中症なんじゃないの!? だ、誰か! ていうか、ケモ耳ーズ! カモン! ちょ、早く早く! スポドリと冷たいおしぼり――!」
「……で、結果は?」
「何がよ」
「ええ? もう完全にあれ告白する感じの空気だったじゃん」
「いつから見てたのよ。どこから見てたのよ。まさか屋外にもカメラ仕込んでんの?」
そう返すと、あ、やっぱりそうなんだ? とニヤニヤしているのはわいせつ神主でお馴染みの歓太郎さんだ。意外にもと言うのか、それともやっぱりと言うべきかわからないが、一番に駆け付けてくれたのは彼だった。
冷房の効いた社務所に慶次郎さんを運び(運んだのはケモ耳ーズだったけど)、どうにかスポドリを飲ませてソファに寝かせ、冷たいおしぼりを目の上に乗せてやっと一息ついたところである。
「やっぱり、ってどういうこと? カマかけたわけ?」
「そうだよ? さすがに外にカメラなんて仕掛けないって。ウチ賽銭泥棒とか入らないし。いや、一回入られたんだけど、その時にちょーっとウチのセキュリティが張り切っちゃってさぁ」
「そのセキュリティってもしかして――」
慶次郎、慶次郎、と言いながら心配そうに彼の顔を覗き込んでいるもふもふモードの式神三人衆に視線をやると、歓太郎さんは「違くて」と首を振った。
「『つぶあん』だよ。ほら、はっちゃんを車で送った時のやつ」
「ああ、あたしに手を出したら交番にぶん投げる、っていう式神ね」
「そ、『つぶあん』はセキュリティ専門の式神につける名前なんだけどさ、そん時、慶次郎もかなり怒っててね」
「慶次郎さんが? いや、交番にぶん投げたのは、つぶあんちゃんなんじゃないの?」
「そ、つぶあんだよ。ただ、慶次郎が怒りに任せてやたらと剛腕タイプのを作っちゃったみたいなんだわ。泥棒さん、全身バッキバキで重症」
「えっ、大丈夫なの、それ? 普通に慶次郎さん何らかの罪になるんじゃ……」
「いやぁ、だってさ、目も鼻も口もない、真っ白でぶよぶよの物体に運ばれてぶん投げられました――とか、誰が信じる、って話よ。証拠もないし。それ以来、そっちの業界でここの神社はやべぇ、みたいなのが広まったみたい」
グッジョブだよね~、なんてけらけら笑ってるけど、それほんとにグッジョブなのかな? 確かに泥棒は悪いことだけども!
「だけどさ? あんな感じに出て行かれたらさ? そりゃあ何らかのイベントが発生してるって思うじゃん?」
「あんな感じって、やっぱりカメラで見てたんか! この悪趣味わいせつ野郎!」
「ちょっと酷くなーいっ? そんなはっちゃんも素敵だけど! いや、今回はカメラじゃないからね? 俺あの場にずーっといたし」
!?
「は? いた、ってどういうこと?」
「えー? 気付かなかった?」
「え? 何? 気付かなかった、って何がよ」
「俺ずっといたじゃん」
「いた? どこに? 奥の座敷とか?」
「いんや?」
「カウンターの中とか? だけど、あそこには麦さんとおパさんしか。ホールだって純コさんとお客さんしかいなかっ」
「だから」
そう言いながら、しゃきーん、とサングラスを取り出す。
「は?」
「お客さんの振りしてた。ずーっと」
「へ?」
「いやー、もう、バレるかなーってヒヤヒヤしてたんだけどさ、どっちも気付かないんだもん、ウケる」
「働けや!」
けらけらと笑いながら髪を解いてサングラスをかけ、神主装束の襟元を寛げる。おい、こんなところで脱ぐ気か貴様、と身構えたけど、ただ単に中に着ているものを見せたかっただけのようである。例の高そうな水色のカットソーだ。てめぇ、マジでさっきのお客さんじゃねぇか! サングラスして髪下ろしたらマジで女だわ、ちくしょうが! 得意げに胸元から丸めたストッキング出して来たけど、何、ご丁寧に詰め物までしてたの!? そこまでは見てねぇよ! あとそれ誰のストッキングだよ!
「はぁ、でもなぁんだ。まだカップル成立してないのかぁ」
「うっさいなぁ。こっちにはこっちのペースってもんがあんのよ」
ふん、と鼻を鳴らしながらソファに視線をやる。目の上におしぼりを乗せた慶次郎さんが、ウニャウニャと言いながらもぞもぞ動き出した。
「まぁ俺としては? はっちゃんがフリーの方が全然嬉しいというか、うん。まだ望みはあるだろうしさぁ。いや、俺的にはね? 別に慶次郎のものでも全然良いんだけど。うん、何だろ。共有する感じでも全然オッケーっていうか? たまーに添い寝とかしてくれればさぁ……って、痛ったぁい!」
ばっちぃぃん、と社務所中に響き渡るレベルの強さで背中を平手で打つ。痛い、酷い、と顔を顰めつつもなぜかやはり最後に「ありがとうございます」とか言っていてマジでキモい。
「誰が添い寝なんかするかぁっ!」
「え~? だけどさぁ、告白の一つも出来ないで熱中症でぶっ倒れるようなヘタレよりは良いと思わん?」
「どう考えても、ヘタレの方が良いわ!」
次はグーで行くからな? と拳を振り上げると、顔の前で手を組んで、どうぞ、とばかりに目をつぶる。付き合ってられるか、と腰を浮かせかけたところで、さっきまで眉と耳と尻尾を下げていたケモ耳達が、らんらんと瞳を輝かせてこっちを見ていることに気が付いた。
「えっ、何、どした」
「葉月、いま言いましたね」
「何が」
「ヘタレの方が良いって言ったよね」
「え、あ、まぁ、言ったけど」
「そのヘタレってつまり、慶次郎のことだよな!」
「まぁ――……そうなる、かな」
そりゃそうでしょ。だってこの場で『ヘタレ』ったら慶次郎さんしかいないでしょ。
「慶次郎、慶次郎起きて!」
「慶次郎、寝てる場合ではありません!」
「葉月が慶次郎のこと好きだって言ってるぞ!」
「ちょ! ちょっと待って! そこまでは言ってなくない?」
ていうか、具合悪い人を揺さぶるな! 寝てる病人を起こすな! 可愛いもふもふでもやって良いことと悪いことがある!
やめさせるつもりでソファに駆け寄ると、寝返りでもうったか、慶次郎さんの目の上に乗せていたおしぼりが、ずるり、と落ちた。おっと危ない、と腰を落としてキャッチすると、それはもう随分温くなっていた。また冷やして乗せてやろうと腰を上げようとしたところで、腕を掴まれた。
まだ熱っぽいのか、気だるそうな顔をした慶次郎さんが、やはり真っ直ぐにこちらを見つめている。何ていうか、色気がとんでもない。この人には絶対に酒を飲ませてはいけないな、なんてことを考えた。
「はっちゃん」
「んなっ、何でしょうかっ!」
「さっきの続きを、その、よろしいでしょうか」
「おっ、おう! どんとこぉいっ!」
「僕は、その、あなたのことが、その」
「頑張れ慶次郎さん! あと一息!」
「その、あの、あ、あなたのことが、その」
「はい! あたしのことが?! あたしのことが何だって?!」
「慶次郎! 頑張れ! す、だよ、す! 言ってごらん! す? す?」
「慶次郎! もうひと踏ん張りですよ! す、の次は『き』です!」
「慶次郎! 大きな声で! 男見せろ! 好き、だ! 好きって言え!」
「慶次郎、それが駄目なら『はっちゃん大好き、アイラビュー』だ! リピートアフターミー! アイラビューン!」
「外野は黙っとれぇぇっ!」
ノリがもう部活とか、体育の授業とかそういう感じである。
あの一人だけ逆上がりが出来ない子をみんなで励ます感じっていうか。マラソンで一番最後になっちゃった子を拍手で応援するとか。逆にめっちゃ気まずいやつ。
ケモ耳ーズはキャンキャンしながらあたし達を囲み、もふもふ尻尾をふるんふるんと振って応援している。さっきはあたしがフリーの方が嬉しいとか言っていたわいせつ神主すら拳を振り上げている。はっきり言って邪魔である。
そして、周りからやいやいと囃し立てられた当人は、誰かが声をかける度にそちらを向いてあわあわしているときたもんだ。
そして彼は、
「え、ええと、ええと。す、すす、あいらびゅう? ううう? ううん」
きょろきょろと視線を移動させ頭をぐわぐわと揺らし――、
目を回して再び倒れた。
もふもふ達が一斉に「慶次郎ー!」と叫ぶ。
歓太郎さんはというと、キャパオーバーだな、とけらけら笑っている。
そんな光景を見つめてあたしは思うのだ。
千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師なのに、ヘタレすぎてほんとにどうしようもない、と。
だけど、気長に待つしかないだろう。
こんなヘタレを好きになってしまったんなら。




