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第7話 着流し店長、膝から崩れ落ちる

 コーヒーと味噌汁とお冷を飲んだあたしは、もうちょっと一旦そこに並べ、とイケメン達をカウンターで横一列に並ばせた。店長だろうが何だろうが関係ない。たぶん全員年齢なんてそう変わらなそうだし。


「あの、ええと、何でしょう」


 叱られて廊下に立たされている小学生のような状況に、口火を切ったのは着流し店長である。ううん、さすがは店の代表。


「いや、あたしもね、ちょっと勢いで整列させちゃったけど」

「はい」

「あたしみたいなのがね、店の方針とかそういうのに口を出すのは間違ってるって、重々承知してるんだけどもね」

「口出してくれるの?!」

「お客さんの意見は貴重だからなぁ」

「はいそこ、しゃべらない」


 じゃれ合いが始まる前に、ずびし、と指摘する。するとおパさんと純コさんはぴくりと肩を竦めて黙った。オーケーオーケーそれで良いのよ。


「いや、ほらさっきの升の話」

「升? コーヒーを淹れてた?」

「そう。あたしは客として、正直なところ、めちゃくちゃ飲みにくいと思ったわけ。そんで、従業員の皆さんも升については特に賛成ってわけでもないんでしょ?」

「そうですね。確かに店のコンセプトは『和』ですが、正直なところ升はどうなんだろうって思ってましたし」

「まずコーヒーの時点で『和』じゃないんじゃない? ってぼくは思ってるよ」

「それを言ったらおしまいですよ、おパ」

「かといって抹茶を升に淹れるのもどうかと思うしな」

「でも歓太郎がね」

「そう、歓太郎がな」

「歓太郎が言うんですから」


 と、四人は急に肩を落とす。


「それよ」

「それ? どれ?」


 きゅるるん、などという擬音が聞こえてきそうな表情で首を傾げたのはおパさんだ。えー、この子確実にそんじょそこらの女子より女子でしょ。何だろう、この守ってあげたくなる感じ。母性が目覚めそう……いや、違うな。母性っつぅか、騎士ナイト? 姫、お守りします! 的な? あぁ、あたしの内なる騎士が目覚めそう……!


 ――ってあたしが脱線してどうする!


「その『歓太郎』さんよ」

「歓太郎が何か」

「何か、じゃないでしょうよ。さっきの話聞こえちゃったけど、何、この『歓太郎』さんがこの店のオーナーなのよね?」

「そうです。何から何まで全部歓太郎が」

「てことは、この店のコンセプトなんかも彼がまるっと決めたのよね?」

「そうです」

「なのに何で彼はこの店にいないわけ?」


 そりゃあね、店を出すってのは並大抵の苦労ではないのよ。店を出したことはないけど、それくらいはあたしにだってわかる。そんで、もちろん世の中には、そういう裏方に回りたいっていうのかな? プロデュース側に回りたい人間がいるってのも知ってる。だけど、現場の意見をまるっと無視して、机上の空論を押し付けるっていうのはどうだろう。それで成功して何件も店出してるってんならまだ話は違ってくるけど、現にこの店はあたしと閑古鳥しかいないわけだし。


 当然売り上げだって芳しくないんだろうし、だったらオーナーが直々に視察に来たり常駐したりなんかして改善策を練るなりするもんなんじゃないの?


 完全に部外者であるにも関わらず、何だかこのイケメン達が可哀相になってきて、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


 それはですね、ともごもごしている着流し店長を遮って、麦さんが一歩前に進み出――ようとしたけど、狭いからか、少々前のめりになる程度でとどめた。


「歓太郎には本業があるものですから」

「本業?」

「そうなんだよ。歓太郎は忙しいんだよねぇ」


 慶次郎と違ってさー、などと言っておパさんが笑う。

 

 いやいや、おパさん。それじゃあまるでこの着流し店長が暇みたいじゃん? 


 とフォローしようと彼を見ると、がっつりと油性マーカー(極太)で『図星』と書かれたような顔をして項垂れている。何、事実なの?! 


「慶次郎はここがなかったら、完全に無職だもんなぁ」

「――ぐぅっ」


 おーっと、成る程、そういうことね。あーらあらあら店長さん、ボディに来てるみたいだけど大丈夫?


「こら純コ。例え事実でもそういうことを言ってはいけませんよ。例え事実でも」

「ううう……」


 うひー、麦さんがとどめ刺したぁ――! 駄目だよ。例え事実でも、って二回も言っちゃあさぁ。あーもーほら、着流し店長膝から崩れ落ちちゃったよ。どうすんのこれ。


「あのー、もしもーし。大丈夫ー? 店長さーん?」

「だ、大丈夫れす……」

「全然大丈夫じゃないじゃん。呂律回ってないじゃんか。ちょっと、おーい、立てるー?」

「……立てまひゅ」

「駄目だこりゃ」


 立てるとは言うものの、膝を抱えて座り込んでしまった店長は一旦ほっとくことにした。男なら――っていうか、大人なら、自力でどうにかしろ。甘ったれんじゃねぇ。


「とりあえずさ、あんまり効果はないかもだけど、あたしからもその歓太郎さんとやらに一言言ってみるよ」

「お客さんが?」

「歓太郎に?」

「そ。その歓太郎さんに。あ、でも一応確認なんだけどさ、ソッチ系の人じゃないよね? その、何ていうか、身体にお絵描きしてるっていうか、事故とか以外で指の数を減らしてたりとか、あと常時危険物を振り回してるとか」

「身体にお絵描き……はないんじゃないかな?」

「指の数も確か手足で合計二十本だった気がしますねぇ」

「危険なものは……振り回してないよなぁ」

「よっしゃ、オッケー。そんじゃお客さん直々に『升コーヒーはねぇよ』ってガツンと言ったらぁ!」


 おおー、と三人が口を揃えてパチパチと手を叩く。着流し店長はまだ膝を抱えている。かなりのダメージを負ったらしい。


 そのささやかな拍手が止むと、


「それじゃあさ」

「――おおん?」


 おパさんが身を乗り出してあたしの右手を掴んだ。


「善は急げ、と言いますしね」

「――おあ?」


 そして、あいている左手を麦さんが。


「行こう、歓太郎のところに!」

 

 と純コさんが手を伸ば――したが、もう掴む手がないことに気付いたのだろう、ちくしょうと小声で呟いた。


「いまから?」

「善はいっそげ、善はいっそげ」


 ウキウキとおパさんが掴んだ右手を振る。クッソ、可愛いなこの子。


「大丈夫、すぐ裏ですから」

「裏? 裏に住んでるの?」


 アレだな、アパートの大家さん的なやつか。


「雨も上がったしな」

「あ、ほんとだ」


 気付けば、けたたましいあの雨音はぱったりと止んでいた。


「仕方ない、行くかぁ。えっと、店長さんも行く? それともここで拗ねてる? どうする?」

「うう。行きまふ」

「しゃんとしなよね、店長なんでしょ。ほら、先導してよ」


 あんまりうじうじしてっと、そのケツ蹴り飛ばすぞ、とあながち脅しでもないことを言えば、ひええ、と叫んで、彼は勢いよく立ち上がった。


 

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