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第60話 待ってんだから!

「準備してたんだ」


 何とも穏やかな「着きましたよ」の声で目を開けてみれば、飛び込んできたのは、もういかにも、というベタなお誕生日会会場である。折り紙で作った鎖とか、それから色とりどりの風船、そして――、


葉月はっちゃん、お誕生日おめでとう』


 という横断幕。

 おい、こんなのいつ準備したんだお前達。

 まさか今日一日店を閉めてたとかじゃねぇだろうな。


 そう思うけれども、嬉しいは、嬉しい。


「ただ、準備出来たのはこれだけで、ご馳走やらケーキについては……」

「さすがにそれは明日だと思ってたからさぁ」


 あたしはいつの間にか奥の座敷に座らされていて、その周りをもふもふ達に囲まれている。その三色のもふもふが、申し訳なさそうに項垂れている。


「ほんとは、目隠しとかして、ばばーん、ってお披露目する予定だったんだけどよぉ」


 いや、そんな残念そうに言うなら、今日はもうあの後解散すりゃあ良かったじゃん!


 そう突っ込むと、本気の恰好のままの慶次郎さんが、困ったように眉を下げて近付き、すとんと腰を落とした。目線が同じ高さになったところで、膝の上に置いていたあたしの手を取る。


「だって、今日はどうしてもはっちゃんを一人にしたくなかったんです」


 その言葉が引き金となったのか、突然身体ががくがくと震え出した。

 和の内装には似合わない、賑やかな飾り付けをされた、見慣れた空間の中、良く知ってるはずなのに、見慣れぬ恰好をした慶次郎さんと、姿かたちをまるきり変えてしまった式神達に囲まれて、やっと心から安堵したのだ。いま、どこよりも安心出来る場所に自分はいるのだと。


 そりゃあ家に帰れば家族はいる。

 何事もなかったように出迎えてくれるだろうし、あたしだって、出来ることなら、今日のことはなかったことにしたい。けれども、心はそうもいかない。いまの状態で、案外、()()()()()()()と一緒に過ごすのは難しい。だったらいっそ、あたしの身に起こったことをちゃんと知っている人達の方が、何も説明しなくて良い分気が楽だ。


「でも、あたしは別に、何も」


 あの子達に比べたら。

 あたしは何もされてない。

 ただ、シャツを捲られて、腹を掴まれただけだ。それだけだ。

 確かに手足を拘束はされたし、そういや拉致られる前に何かバチッともやられたけど。けれども。


 だけど、別に最後までされたわけじゃない。


 ここであたしが被害者面したら、彼女達はどうなる。

 あたしより酷いことをされているのに。


「はっちゃん」


 馬鹿みたいに賑やかな飾りの下、それに見合った明るいLEDの下で、その明るさとは対照的な暗く重い思考は、割り込まれたその声に中断された。


「腕も足も、痛かったですね」

「え、と。それは、うん」

「お腹、見られて嫌でしたね」

「まぁ、うん、嫌だった、けど」

「掴まれたのも、痛かったですよね」

「結構力いっぱいやられたからね。でも、それくらいは……!」

「怖かったですね」

「こ、怖かったけど」

「誰かと比べなくて良いんです。痛いとも、嫌だったとも、怖いとも、言って良いんですから。何もされてなくはないです」


 鼻の奥がつんとする。

 ぐ、と胸が苦しくなる。

 堪えようと力を入れても、涙が勝手に出てくる。


 何も言わずにもふもふ達が、身体を擦りつけてくる。成る程これがもふもふケアなわけだ。確かにこれはマジで効きそう。


「……手首と足首が痛い」

「とりあえず今日は応急処置ですね」


 そう言うと、焦げ茶毛玉(純コさん)が「薬箱持ってきてやる」と言ってその場でくるりと回り、消えた。


「お腹は、もう痛くないけど、触られた感触が残ってて気持ち悪い」

「お風呂沸かしましょうね」


 すると今度は白毛玉(麦さん)が「では、私が」と同じようにして消えた。


「こっ、怖かった。何されるかわかんなくて。いや、ちょっとわかるだけに、怖かった」

「何か温かいものでも飲みましょうか」


 そうなると最後に残った金色毛玉(おパさん)も「それなら任せて!」とやっぱりくるんと回って消えた。

 もふもふ達が消えると、自分を囲んでくれていた温もりが急になくなって、いまは真夏のはずなのに寒く感じる。あたしの体温まで奪っていってしまったかのようだ。


「慶次郎さん!」

「何でしょう」

「何でしょうじゃないんだよ、この場合!」


 握られていた手を振り解き、それを広げて、はい! と言ってみるも、目の前にいる陰陽師様はきょとんとした顔である。


「わかれ!」

「えぇ?! わ、わかりません!」

「アンタさっき僕は我慢してるって言ってたでしょうが!」

「え、えぇ?! あ、い、言いました! 言いましたけど!」

「我慢すんな! ていうか、来いや! 待ってんだから!」

「え、えええ、そう、なんですか?! 良いんですか?!」

「良いに決まってんだろ! 早く!」

「は、はい! 失礼します!」


 失礼しますって何だよ、と思わないでもなかったけど、何とも慶次郎さんらしい。頬に接する、思ったよりも厚い素材で作られているらしい狩衣かりぎぬとやらから、微かに心臓の音が聞こえてくる気がする。背中に回された手は、温かかった。けれど、小さく震えていた。


「慶次郎さん」

「は、はい」

「あのさ、ちょっと確認したいんだけどさ」

「あの、この体勢で、でしょうか」


 恐る恐る問い掛けて来る。

 これは遠回しに離れたいと言っているのだろうか。背中に触れている手に、ほんの少し力が込められたことに気付く。きっと反対だ。彼はこのままでいたいはずだ。と思う。


「うん、このままで。慶次郎さんが辛くないんだったら」

「僕は、大丈夫です、けど」


 それで、何でしょうか、という言葉を待って、すぅ、と大きく息を吸う。


「慶次郎さんってさ、あたしのこと好きでしょ」

「ひぇっ……!? ど、どどどどうしてそれを!?」

「いや、そんなの見てりゃわかるっつーか、まぁ、何となくそう思ったんだけど」

 

 見てりゃわかる。

 だけど、自分で言うのは正直恥ずかしい。

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