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第40話 ピーマンさん、なかないで

「その時が来たらお知らせしますから」


 慶次郎さんがそう言ってから、かれこれ一週間である。八月に入り、大学は夏休みに突入した。

 その『機』とやらはなかなか訪れない。まぁよくよく考えてみたら、だ。あたしは一度振られている女なのだ。また連絡する、と言ったものの、これといった用事もなければ連絡するようなこともない。そして、当然のように向こうからも来ない。普通ならこのままフェイドアウトする。


 けれどそんなあたしでも、待っていれば『機』は巡ってくるのだという。確実にあたしと先輩の縁が結ばれる、『機』というやつが。


 まぁそれは、あたしに、って限定したやつではなくて、人には誰しも巡ってくるものらしい。ただ、それは当然目に見えるものではない。肌で感じられる人は稀にいるらしく、そういう人が例えば、宝くじで高額当選するだとか、ビジネスで大成功をおさめたりするものなんだとか。努力の末に成功をつかみ取る人はもちろんいるんだろうけど、それにもやはりタイミングというものはあるし、ここぞという時に実力を百%発揮出来るかどうかという点でも『機』というのは密接に関わっているのだとか。


 それを確実に捕まえられるのだから、そりゃあ間違いなく成功するんだろう。何せ(ぶっちゃけそうは見えないけど)令和版・安倍晴明殿がついているのだ。他の面では頼りないことこの上なしの慶次郎さんだけど、ことこっちの、陰陽道云々の分野では日本一なのである(たぶん)。


 ならば信じて待とうじゃないか。


 といっても、ただただ待ってるわけにもいかない。あたしは慶次郎さんの専属太陽(いい加減この肩書どうなの)としての職務を全うしなくてはならないのである。


 とりあえず、まずはピーマンの克服ということで、調理担当のおパさんの全面協力のもと、ピーマン料理はすべて幼児向けにしてもらった。見た目を可愛くするとか、細かく刻んで存在を隠すとか、そういうやつである。


 が。


「どんなに見た目が可愛くても、味は変わらないよ」


 だの、


「(味が)隠しきれてない」


 だのとうるさかったらしい。

 

「うわぁん! やっぱり葉月がいないと駄目だよぉ!」


 と、夕方に涙声のおパさんから電話がかかってきて、「おい、ヘタレ陰陽師(慶次郎さん)と代われ。――おう、慶次郎さんよぉ。作ってもらってる分際でよくもまぁ文句が言えたもんだな。つべこべ言ってねぇで黙って食えや」と電話口で怒鳴りつけたりもした。そうすれば食べるけれども、嫌々には変わりない。食べさえすれば良いというものでもない。


 よし、ここはいっちょ『北風と太陽』作戦の方が良いかもしれんな、ということで、食え食えとグイグイ迫るのを一旦止め、正直馬鹿馬鹿しいと思いつつも『ピーマンさん、なかないで』という絵本を図書館で借り、珈琲処みかどに向かったあたしである。


 二十三の男にね、こんな絵本の読み聞かせが通じるか、というのは些か疑問ではあるんだけど、彼、こっちの予想を遥かに超えたピュアネスボーイだからな。案外、「深く心に染み入りました。これからはピーマンさんを泣かせないように頑張ります」とか手をついて言いかねない。


 そんなことを思っていたのだが――……


「――ぐっ……うぅ……っ! っぴ、ピーマンさぁぁん! ぼ、僕は君になんてひど、酷いことをぉぉぉ……っ!」


 まさかここまでヒットするとは思わなかったよね。

 

 いや、別にこれはね? 幼児向けと思いきや、案外大人の心にも訴えかけてくる系のやつじゃないの。もうガチでピーマン嫌いの幼児をターゲットにしたやつなのよ。


 ストーリーはこうだ。


 ピーマンが大嫌いな『ちぃちゃん』という女の子が出てきて、毎日のようにピーマンだけを残すわけ。それでもお母さんはピーマンを食べてほしくてあの手この手でピーマン料理を出す。まぁ正直そこまでするから、余計にピーマンが嫌いになるんじゃないかなってあたしなんかは思うんだけど。あれ、なんか身に覚えがあるんだが?


 それで、お皿の端っこに避けられているピーマンさんはひとりぼっちで寂しくて、夜中に台所を冒険する。えっ、その残したやつって生ゴミとして捨てるか、お母さんが食べるんじゃないの? なんて野暮なツッコミはしちゃいけない。これ絵本だから。


 そしてピーマンさんは三角コーナーにいる野菜の皮や魚の骨に出会う。で、「ぼくも君たちのなかまにいれておくれよ」って言うんだけど、野菜の皮&魚の骨(生ゴミ達)は「だめだめ」とつれない返事。


「ぼくらはちゃんと食べてもらったもん」


 とのこと。

 つまり、自分達は捨てられる部位ではあるけれど、それ以外の可食部(食べようと思えば皮も骨も食べられるけど)は食べてもらった、だからお前とは違うんだ、ということらしい。


 なんという厳しい世界。

 平和そうに見える食材の世界にもカーストがあったらしい。たぶん丸ごと食べられるやつが頂点なんだろうな。トマト辺りが最強かもしれない。


 そこでピーマンさんはしくしくと泣いてしまうのだ。食べてほしいよぅ、食べてほしいよぅ、このままひとりぼっちは寂しいよぅ、と。


 そこへトイレに起きたちぃちゃんが、台所で泣いているピーマンさんを見つける。


 ちぃちゃんに気付かないピーマンさんは、なおもしくしくと緑色の涙をこぼす。


 ちょ、涙も緑色なの!? なんてガチなツッコミをしてはならない。だって相手はピーマンなのだ。全身が緑色なんだから涙だって緑でも良いじゃないか。


「いいなぁ、ちぃちゃんは。パパもママも、ようちえんにおともだちもいて。ぼくはひとりぼっちなのに。さみしいよぅ、さみしいよぅ」


 食べてもももらえず、生ゴミ仲間にもなれないピーマンさんは、そんなことを言いながらしくしくしくしく泣くのである。やはり野菜として生まれた以上、誰かに食べてもらいたいようである。


 いや、刻まれた君の一部はお父さんやお母さんが食べた気もするけど、その辺はどういう扱いになるわけ? 切る度分裂するの? ちょっと怖い!


 そんなガチのツッコミを絵本にしてはならない。このシーン、慶次郎さんなんて固唾をのんで見守ってたからね。いやもうオチなんてわかりきってるでしょ、改心したちぃちゃんが「ごめんねピーマンさん」とか言って食べておしまいだよ!


 で、もちろんその予想を裏切ることはなく、ちぃちゃんは「ピーマンさん!」と叫んで彼のもとに走り、和解して食べるのである。


「ごめんね、ピーマンさん。わたし、これからはちゃんと食べるからね」

「ありがとう、ちぃちゃん!」


 で、めでたし、となるわけだが。


 このピーマン、痛覚とかどうなってんのかな、とか、子どもが残したやつを一晩放置してどうするつもりなんだお母さん、とか、大人からすればそりゃあツッコミどころはたくさんある。でもまぁ、目的は、幼児に嫌われがちなピーマンを食べてもらうことなんだし、これで良いのだろう。絵柄も可愛いし。


「はい、おしまい」


 と絵本を閉じると、いつの間にか用意されていた箱ティッシュに手を突っ込んで「は、はっちゃん。もうないです、ティッシュぅぅぅ」と顔中からあらゆる液体を垂れ流しているきたねぇイケメンがいたと、そういうわけである。

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