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第33話 そういうの出来るんじゃん

「お嬢ちゃんの風船だったの?」


 たぶん、すっ転んだ拍子に手を放してしまったんだろう、短めのキュロットスカートのせいで丸出しになっている膝小僧が擦れて赤くなっている。うっわ、痛そう。せめて長いやつ履いてれば良かったのになぁ。


 たぶん五歳くらいと思われる女の子はあたしの問いにこくりと頷き、風船を追いかけるのに必死で忘れていたのか、いまさら膝の痛みが込み上げてきたようで、自分の足をちらりと見て、口をぶるぶると震わせた。


「お姉ちゃんが新しいのもらってきてあげようか」


 らしくないとは思いつつも優しい声でそう言ってみるも、彼女はいやいやと首を振る。


「あかいの、最後のひとつって言ってたから」

「あ――……成る程」


 赤じゃないと駄目なわけね。

 そりゃこれがさ、木に引っかかってるとかだったらよじ登って取ってあげるんだけどさ。うん、まぁ運よく空調に引っかかってはいるけど、あんなの天井と大して変わらん高さだからね? えー、これ店員さんに言ってどうにかなるやつかなぁ。火災報知機の業者さんとか呼ばないとあの高さは無理なんじゃない?


 えー、どうすっかなぁ、と俯いて唸っていると、空調に引っかかっている風船をじぃと見ていた女の子が、目をまんまるに見開き、「あ」と口をぽっかりあけた。


「あ?」


 急にどうした、と視線を上に向けると――、


「え、嘘」


 風船がゆっくりと降下しているのだ。

 こんな短期間でガスが抜けたのだろうか。

 いや、全然しぼんでない。それはない、はず。


 じゃあ、何が、とゆっくり下りてくる風船を目で追っていくと、慶次郎さんが見えない糸でも引っ張っているかのような動きをしているのが見えた。括りつけられている糸が、その慶次郎さんの動きに合わせてくいくいと引っ張られているように見える。そしてそれはそのまま彼の手に届いた。もう飛んでしまわないようにと、先端を輪に結んで、少女に渡す。


「どうぞ。もう放さないようにね。この輪っかに手を入れると良いよ」

「ありがとう!」


 風船が勝手に下りてきたことに何の疑問も抱かないらしい少女は、言われた通りに糸の輪っかに手を入れ、やっと追いついたぁ、と通路の角から現れた、歩くのもしんどそうなくらいにお腹の大きいお母さんと一緒に行ってしまった。


「……やるじゃん慶次郎さん」

「何がですか?」


 何度もこちらを振り返っては手を振ってくる少女と、その度に頭を下げるお母さんに愛想笑いで会釈をしつつ、そう言う。


「そういうの出来るんじゃん、って」

「そういうの? ああ、さっきのですか?」

「あれ何、やっぱ式神? 見えないバージョン?」

「そうです。僕が飛んだら怪しまれるかと思いまして、あんまり不自然じゃない方法を、と」

「さらっと飛ぶとか言いやがって。いや、ふつーに不自然ではあったけどね。あのタイプの風船が一人でに下りて来るとかあり得んでしょ。あれくらいの子どもだから何とかなった話であってさ」


 あれどうやったんですかって聞かれたらどうするつもりだったの、と聞くと、どうやらそこまでは考えていなかったようで、ええとええと、とひとしきり唸ってから、ひらめいた! とでも言わんばかりの表情で、人差し指をピンと立てた。


「パントマイムです、って答えます!」

「パントマイムってそういうもんじゃねぇからな?」

「えぇっ?! そういうものじゃないんですか?!」


 さてはこの人、あの透明な壁があるみたいなパントマイムも、ガチでそこにガラス板があると思ってたな? ピュアっていうか、そこまでいったらただの馬鹿だわ。大丈夫かな、この二十三歳。


「まぁそこは一旦良いや。いや、何ていうかさ、ちょっと見直したって話よ」

「み、見直された!? はっちゃんに!? え、でも何で!? 風船取っただけですよ?」

「取っただけだけどさ。いや、あたしもその辺は上手く説明出来ないんだけど。何て言うんだろ、別にさ、鬼をどうこうするだけがヒーローとは限らないっていうか。困っている人を助けたわけじゃん? いま」

「まぁ、そうですが」

「鬼退治もさ、それで困ってる人を助けた、って話じゃん?」

「そう、ですけど。いやさすがに鬼退治と風船を同列には」

「だけどさ。鬼はいないんでしょ? いまは平安じゃないんだから。きっと晴明殿も令和に生きてたら同じことしてたと思うよ」


 さすがの晴明殿でも現代なら慶次郎さんと同じ立場なんだからさ。


 だって、この時代に鬼はいないのだ。

 現代人の首を刎ねたところで、それがひゅーんと飛んでどこそこのお屋敷に着地する、なんてこともないのだろう。令和を生きる我々には首を飛ばすほどの力がないのか、それとも昔の人がパワフル過ぎたのか。いや、パワフル過ぎるにもほどがあるって。つうか、首を刎ねることもそうそうないし。

 森の中や家の庭から白骨が出て来ることくらいは稀にあるけど、その近くの木に子どもの頭ほどの謎の実が生ることもない。いわゆる、怨念が具現化した――みたいなやつっていうのかな。で、それを切ったりすると、中から蛇が出て来たりして、変な病気が流行ったりするんだけど、もちろんそんなこともない。


 だから、歴史にその名を遺すほどのスーパー陰陽師殿でも、この時代ではただのイケメンの神職である。きっと慶次郎さんと同じ悩みを抱えたに違いない。麻呂の活躍の場がないでおじゃる、って。えっと平安時代の人のしゃべり方ってこんな感じだよね? いや、この時代に生きてたらそんなこと言わないか。


「とりあえずさ、慶次郎さんは、自分に出来ることをしようよ。いまみたいに困ってる人を()()()()()()()()()()助けるとかさ」

「は、はい」

「それから、一人でおつかい出来るようになるとか」

「……はい」

「好き嫌いしないで何でも食べるとか」

「……はいぃ」

「……大方ピーマンだけじゃないんでしょ、食べられないの」

「ぴ、ピーマンだけ、では、ないですけど。で、でも! 食べます! ちゃんと食べますから!」

「ほう、ちなみに? ピーマン以外は何よ」

「何か、あの、変わった形のやつです。ブロッコリーの亜種みたいな」

「ブロッコリーの亜種って……。アレか、ロマネスコとか、そういうやつか」

「た、たぶん」


 あのつぶつぶをじっと見ているとぞわぞわしてきちゃって、と言いながら、自身の肩を抱く。思い出したのだろう、心なしか顔色が悪い。


「うん、だったらじっと見んな。出てきたら目ェ瞑って食え。そもそも、そいつはピーマンほど日本のご家庭の食卓には並ばねぇから安心しろ」

「おパにバレたら毎日並びますよぅ。いま必死に隠してるんですから」

「じゃこれからもバレないように頑張れ」

「ううう」


 でも何となくもうバレてる気がする。おパさんってほわほわしてるけど、案外抜け目なさそうだからな。

 だけどさっきも言ったように、日本の食卓にそうそう並ぶような食材ではないから出ないだけなんじゃないかな。


 それはそうと、こんなとこで突っ立ってたら邪魔なだけだから、と言って、あたし達は歩き出した。向かう先はもちろんトイレットペーパー売り場である。


 土曜日のホームセンターは騒がしい。

 あちこちで風船を持った子どもが走り回っていて、その両親らしき人から注意されていたり、若い男性店員さんが耳が遠いらしいおじいさんと結構な声量でやり取りをしていたりして。


「ああ、見つけた見つけた」


 通路の端にちらりとトイレットペーパーが見えた。

 独り言のようになってしまったその言葉を数歩遅れて歩いている慶次郎さんにも伝えようと、後ろを振り返る。


 それと同時に「慶次郎さんこっち」と声を発してしまったことをあたしはすごく後悔した。


 なぜって、そこにリク先輩の姿があったからである。

 距離にして、たぶん、十メートル。


 まだ、彼はこちらに気付いていない。


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