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第32話 令和の陰陽師は役に立たない

「あ、あああありましたぁ。これです! いつもウチで使ってるやつです!」


 とんでもないお宝でも発見したかのようなテンションで、両手に持った食品用ラップをふるふると「ほら!」と差し出してくる。はい、もうわかりました。みかどさんトコで使ってるのはチャワンラップ(商品名)なのね。一番高いやつじゃねえか。ブルジョワかよ、くそが。


 そこまでの道中で見つけた買い物かごにそれを一つ入れ、「僕が持ちます」と慶次郎さんは嬉しそうである。この辺はまんま五歳児といえよう。お手伝いがとにかく楽しいお年頃である。


 嬉しい誤算だったのは(誤算でもないけど)、ラップコーナーのすぐ隣にジッパー付きビニール袋も陳列されていたことだ。そういやカテゴリ的には同じだもんな。売れ筋商品なのか、かなりのスペースを埋め尽くすように並べられたそれに、意外にも慶次郎さんは即反応した。


「はっちゃん、ジッパー付きビニール袋、これです。この箱、見たことがあります」

「お、まじで」


 って、これもジッパーロック(商品名)じゃねぇか! ウチで使ってるペラッペラのっすいやつじゃねぇのかい! 何だよみかど儲かってんな! 客全然入ってねぇ癖に! やっぱあれだろ、あそこホストクラブだろ! 実はドンペリとか出てくんだろ? ドンペリが何の略かも知らねぇけど!


 ミッションの半分をクリアしたことで、慶次郎さんの心にもだいぶ余裕が出て来たらしく、関係ないコーナーでも足を止めて商品に見入ることが増えてきた。


「雑巾って売ってるんですか!? 麦は使い古したタオルから作っていたので、てっきりそういうものだと……」


 と三枚パックの雑巾を持って愕然とし、


「いや、絶対におパが作った方が美味しいですよ。そう思いません?」


 と電気圧力鍋の販促モニターで流れている肉じゃがの映像に喧嘩を売り、


「どう見てももふもふだった時の純コの方が可愛いです」


 と黒い犬がプリントされたドッグフードのパッケージに張り合ったりして。

 

 特にドッグフードのパッケージに関しては、「はっちゃん、信じてください。本当に以前のあの三人は全身がもふもふで従順で、それはそれは可愛かったんですよ」と飼い主――この場合『飼い主』で良いんだろうか――馬鹿ぶりをいかんなく発揮していた。


「いや、まぁ信じてないわけじゃないけど」


 何せ人間体であれだけのイケメンなのだ。犬の時もさぞかし美犬だったことだろう。


「疲れた時とか、寂しい時には呼ばなくてもそばにいてくれて、慶次郎慶次郎って」

「ちょっと待って。やっぱりそこでも『ワンワン』とかじゃないんだ? しゃべるんだ?」

「そりゃあしゃべりますよ。式神なんですから」


 と事も無げに言う。

 いや、こちとら『式神=しゃべる』ってのも割と最近知ったっていうかね? 


「別に僕だって、彼らにまた会えて嬉しくなかったわけじゃないんです」


 ただ、以前の姿じゃなかったのは残念でしたが、と言って、かごの中に視線を落とす。いや犬の姿にすれば良いじゃん、と言いそうになってやめた。それが出来るならしているはずだ。というか絶対に試みたはずである。


「だけど、僕はもう大人で、一人でしっかりやらないといけないのに、また彼らに頼らなくちゃいけないのかって、情けなくて」


 うん、まぁそうだね。

 あなたは本当にしっかりしないといけないね。

 そりゃね、二十三歳ったっていろんな人がいるよ。

 社会に出てバリバリやってる人もいれば、親のすねをかじりまくってる人もいるよ。だけどね、あなたの場合、えっとね、親のすねをかじってるってわけではない……んだろうけど……、兄のすねをぎゅっと掴んでる感じっていうか。


「言い伝えらえれている晴明殿は、それはそれは立派な陰陽師なんです。一度に何体もの式神を操って、鬼やあやかしと戦って、帝を守ったりしたんですよ」

「うん、まぁ、漫画とか映画でもそんな感じだったなぁ」


 そんで、これぞ公家! みたいな感じの涼やかな美男子でね。まぁ、美男子って部分に関してはこっちも負けてないけど。


「みんなは僕のことを晴明殿の再来だ、なんて持ち上げますけど、僕はそんなにすごくないんです。式神は出せますが、陰陽道そのものは学べば誰にだって。それに、鬼やあやかしと戦うなんてとてもとても」


 ふるふると首を振る。癖のない黒髪がさらさらと揺れる。


 いまこの令和の時代には鬼やあやかしなんていない。

 だけれども、その晴明殿が生きていた平安の時代には、鬼やらあやかしなどというものは当たり前に存在していたらしい。


 正直なところ、あたしとしてはどちらにしても信じがたい話である。平安時代にいたんなら、なぜいまはいないのか。その晴明殿とやらが絶滅させたのだろうか。それとも、カガクが発達したから云々? いや、カガクが発達したからどうだというのか。ていうか、この場合の『カガク』って化学? それとも科学? まぁどっちでも良いけど。


 いや、そのカガクの力で解明出来るとかっていう話なら、そもそも平安時代の鬼やらあやかしやらもその時は解明出来なかったっていうだけの話だ。つまり、最初から()()()のである。当時の人が勝手に鬼やらあやかしやらと名前をつけていただけで。


 逆に、平安時代に確実に()()として、だ。それを退治出来るのが安倍晴明殿だけ(ってことはないとしても)だとしたら、いくら彼がスーパー陰陽師でもたった一人で根絶やしっていうのは無理なんじゃないだろうか。実はどこかでひっそりと生き残っていたりして、少しずつ数を増やしているかもしれない。それが令和のいま、ひょっこりと現れないとも限らない。


 もし仮に、平安時代にはいたけれど、いまはもう絶対にいない(どうやってそれを証明したかって話は置いといて)とすれば、考えられるのは環境の変化かもしれない。例をあげると、地球が氷河期に突入して恐竜が絶滅したとかいうやつである。つまり、平安時代辺りは鬼やらあやかしやらが住みやすい環境だったけれども、徐々に彼らが住めない世界になっていった、という。いま温暖化とかあるしなぁ。やっぱあれかな、排気ガスとか森林の伐採なんかも関係あったりするのかな? そう考えると、この環境問題ってのも鬼やらあやかしを絶滅させたという点では良い部分もあったり……? ってそんなわけあるかい。

 

 ただ、いま言えることとしては、やはり彼の力というのは、いまの時代にはそぐわないのである。これが平安時代なら、多少コミュ障でも式神をほいほいと呼び出して鬼と戦ってさえいれば「さすがは慶次郎殿!」ともてはやされただろう。むしろ歓太郎さんのようなコミュ力おばけみたいなキャラだと神秘性に欠けるし、これくらいの方がミステリアスで良いのかもしれない。


 再びしょぼんと肩を落とした慶次郎さんにどんな言葉をかけたら良いかわからず、もういっそ無理やり話を終わらせてトイレットペーパーを探しに行った方が良いだろうかと辺りを見回した。すると――、


 ふわり、と目の前を横切ったものがある。


 赤い風船である。


 そういや店に入ってすぐのところでインターネット回線がどうのこうのでポケットティッシュやら風船やらを配っている人がいたっけ。さすがにあたし達には小さなチラシの挟まれたポケットティッシュだけだったけど、小さい子どもには風船を配っていたのだ。


 その風船だった。

 ヘリウムが入っているらしいその風船は、ふわふわと店内の空調に翻弄されつつ天井の方へと昇っていく。長い木材やら塩ビパイプやらを扱うホームセンターの天井は高い。ギネスブックに載るような高身長の人が手を伸ばしたって、きっともう届かないだろう。いや、まだギリ届くかな? まぁ届いたとしても、そんなギネス級の人がいるわけもないから、もうどうしたって無理だろうな。


 そんなことを考えていると、やや遅れてあたしの耳に届いたのは、


「わたしのふうせん……」


 という女の子の涙声だった。

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