王子の品格
爵位が低い者から順に会場入りをし、先王の弟君であるエドモンズ公爵家と建国以来の名門ワイズ侯爵家の入場を経て、いよいよ王家の入来となった。
王族のみが登壇を許される壇上奥の扉から国王、王妃、王太子、王太子妃、そして第二王子ハロルドの順に皆の前に姿を現した。
とくにこの夜会で社交界デビューとなる第二王子に皆の関心の目が向けられる。
『……ハロルド様』
リリシャは壇上からは離れた位置に立ち、ハロルドの姿を見つめた。
もっとあからさまに嫌そうな顔をして出てくるかと心配したが、ハロルドの表情は至って普通であった。
いや、むしろどちらかというと無表情である。
『なんだ、やれば出来るんじゃない』
リリシャは安堵すると共に感慨深いものも感じていた。
『大きくなって……!』
ハロルドは我慢という言葉を覚え、ポーカーフェイスという技も身につけたようだ。
この二つは高い身分を持つ者にとっては全てにおいて必要不可欠なものである。
たった一日会わなかっただけで、彼がかなり成長したように感じられた。
『王族の正装も本当によく似合ってる……!』
衣装合わせの時に一度見たが、やはり会場のシャンデリアの下で見るのとでは格段に違う。
デビュタントらしく白を基調とした詰襟の正装。
肩章や釦、縁飾りなどは王子らしく銀が用いられ、まだ何色にも染まっていない初々しさと王族らしい高貴な品格を演出している。
そう、あくまでもハロルドを気品溢れる王子に偽装するための演出だったのだが、そんな狡い手など打つ必要などなかったとリリシャは思った。
腐っても(あ、腐ってるのは自分の方か)王子。
いざとなれば出来る子、ハロルドの根性をリリシャは目の当たりにした。
それをこっそり父につぶやくと、
「ただ大人しく立っておられるだけなのだが……リリィ、お前苦労してきたんだなぁ……」
と複雑な顔をした。
壇上では国王が二番目の王子が十五歳を迎えたことを皆に告げ、今後も王子を引き立ててやって欲しいと願った。
そしてハロルドが挨拶をする。
当日、ハロルドが臍を曲げてしまえば挨拶は割愛するかもしれないと王太子アルスライドが言っていたが、どうやら予定通り挨拶をするらしい。
『ハ、ハロルド様…変な事言っちゃダメですよっ……』
リリシャはドキドキしながら固唾を飲んで見守った。
我が事のように緊張してしまう。
父王が小さく頷きハロルドを促すと、彼は一歩前に進み出て来場客に告げた。
「皆、今宵は私の十五の祝いのために集まってくれてありがとう。若輩ゆえに至らぬ事も多々あると思うが、臣下や国民の恥とならぬよう精進を重ねたいと思う。人生の諸先輩方、どうかよろしくお願い申し上げる」
『きゃーーーっ』
パチパチパチパチ!
リリシャは思わず誰よりも早く拍手をしていた。
え?彼は本当にあのハロルドなのだろうか。
ハロルドの皮を被ったべつの人間なのではないだろうか。
そう思ってしまうほど、今の挨拶は堂々たるものであった。
リリシャに続いて皆が拍手をし、会場中に割れんばかりの拍手が広がった。
壇上のハロルドが一瞬、リリシャの方を見て驚いたように目を見開き、そして誰にも分からないくらい一瞬のうちに「すごくキレイだよ」と唇を動かして笑みを浮かべた。
その笑みを見た若いご令嬢たちから黄色い悲鳴が上がったが、
ハロルドの読唇術を読みとったのはリリシャだけだろう。
ハロルドは昔二人で遊びで考えた独自の暗号で唇を動かしたのだから。
それを見て、リリシャは壇上の人がハロルド自身であると確信を持てた。
だけど今日の彼はいつものやんちゃでワガママな末っ子ではなく、王子としての品格に満ち溢れている。
ワシが育てた。
リリシャは達成感を感じると共に、例えようのない寂しさを胸に感じる。
今すぐハロルドの元に駆け寄って素晴らしかったと褒め、頭を撫でてやりたくてもそれが出来ない許されない。
いつもの王宮であるならばリリシャとハロルドの距離はゼロである。
なのに今はどうだろう。
壇上に立つ彼がとても遠く感じた。
その後国王夫妻のファーストダンスに引き続き、王太子夫妻のダンスを経て、いよいよ本格的に夜会が始まった。
入場とは逆に、今度は爵位の高い家から王家の面々への挨拶が始まる。
ブラウン家は父のプゥサンが騎士団長を務めるため男爵位としては筆頭だがそれでもまだまだ出番は後であった。
なので先に社交界デビューとして初のダンスを父親と踊る。
なんだか注目を浴びているような気がするが、ブラウン男爵として夜会に参加する時も滅多に踊らない父が踊っているのだから、皆物珍しさで眺めているのだろう。
緊張してステップを踏み間違えないかとドキドキしたが、さすが王宮でハロルドと共に一流のダンス教師から教わっただけの事はある。
我ながら完璧なステップで終始踊る事が出来た。
それを父が満面の笑みで褒めてくれる。
「さすがはリリシャだ。重心がぶれる事なく華麗な足さばきだったよ」
「身長差でちょっと踊り難かったけれど、転ばずに済んでよかったわ」
「転びそうになったら抱き上げてそのままターンしようと思っていたのに」
「まぁ、それはそれで楽しそう。惜しいことしちゃったかしら」
「はははは」
その後は父と軽食のコーナーに移動して、用意されている食事をつまむ。
途中何度か他家の令息にダンスを申し込まれるも何故かその度に父が「キミは剣の腕は確かかな?」と訳の分からない質問をして相手が怯むと穏やかな笑みを浮かべて「出直して来たまえ」といってリリシャを他所へ連れて行った。
そんな中でもリリシャの目は自然とハロルドを追っている。
今は王家の面々と共に伯爵位の者の挨拶を受けていた。
どの家の年若い令嬢も頬を薔薇色に染めてハロルドを見つめている。
ハロルドは表情を変えることなく淡々と卒無く挨拶を受け、会話を交わしている様子だった。
国内中の貴族が集まる特別な夜会。
普段の夜会なら高位貴族と低位貴族は自然と分かれて開催されるのだが、王子の十五歳を祝うこの夜会だけは特別なのだ。
伯爵位が終われば次は子爵位の家の者の挨拶が始まる。
リリシャの家の出番はまだまだ先であった。
『これが本来の距離なんだわ』
偶然が重なりハロルドのお世話係となったリリシャだが、これが本来の立場の差なのだ。
いつまでも子供のままではいられない。
今日、この現実を目の当たりにする事が出来て良かった。
『これからはちゃんと立場を弁えて接せねば』
リリシャは胸の中に広がる寂しさを感じながらもブラウン男爵家の娘として後ろ指を指される事がないよう行動しようと心に決めた。




