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さよなら、私の初恋の人  作者: キムラましゅろう


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3/10

デビュタント前日

コソッ「リリシャ様。お願いされていた例の書物、ゲットできましたよ」


リリシャが王宮内の廊下を歩いていると、

王族付きの歳若い侍女からコソッと小さな声で告げられた。


「……!」


リリシャは廊下の隅で小さく手招きするその侍女の元へコソコソいそいそと寄って行く。

リリシャは小さな声でその侍女に言った。


コソッ「ありがとう!心待ちにしていたの」


コソッ「私たち侍女連の推しトーク聞いて、十五歳になるのを心待ちにしておられましたものね」


コソッ「そうなの。やっと読める……!やっとみんなの会話を聞くだけでなく参加できるわ」


コソッ「でも一応私たち、リリシャ様の前では十五歳未満に聞かせられないようなお話はしてませんからね?」


コソッ「ふふ。わかってるわよ。どんな内容かは分からないけど、それは十八歳になってからのお楽しみね♪」


コソッ「このR15のシリーズも探すのなかなか骨が折れたんですよ?大抵のお話がR18ですから」


コソッ「ありがとう!今はなかなか書店にいけなくて……買ってきてもらってホントに助かる」


コソッ「いよいよ夜会は明日ですものね。あのハロルド殿下のご準備ならさぞ大変だったと思います」


コソッ「そうなの……やっぱり面倒くさい出たくない魔法の勉強をしていたい、もう散々ワガママを言ってくれちゃってあの王子はっ」


コソッ「それでも最後にはちゃんと言うことを聞かせるんだから大したものですよリリシャ様は」


コソッ「ふふ、ありがとう」





コソコソと侍女とそんな話をして書物を受けとったその日の午後、

いつものように三時のおやつを一緒に食べている時のことだった。


ちなみに今日のおやつは王宮パティシエ謹製、栗のタルトだ。

リキュールで香り付けされた栗の甘煮をゴロゴロとタルト生地に盛った、これでもか!というほど栗を堪能できる逸品だ。


その栗のタルトを頬張りながらハロルドが言った。


「なぁ、明日の夜会、ホントに出なくてはいけないのか?」


「この期に及んでなにを言っているのですか、出なくては駄目に決まっているでしょう。もう準備は全て終わってるんですよ、私の苦労を無にするおつもりですか?ほら、口の端にシロップが付いておりますわ」


リリシャはそう言ってナプキンでハロルドの口元を拭いてやった。

大人しくされるがままのハロルドが言う。


「リリには感謝してるよ。でもなんか嫌なんだよ、他の人間にジロジロと見られるのが……」


「お気持ちはわかりますけど、それも王族のサダメだと思って観念なさいませ」


リリシャがピシャリと言い放つとハロルドはフォークに挿した栗をリリシャに近づけて言った。


「そこをなんとか。許して()()よぉ~」


「も~、いつまでも聞き分けのないことばかり言わないで()()~」


そう言ってリリシャは差し出された栗をパクリと食べた。

口元に手を添え美味しそうに咀嚼するリリシャをハロルドがジト目で見る。


「あくまでも俺を無理やり夜会に参加させようっていうなら、こちらにも考えがあるぞ」


その物騒なもの言いにリリシャもジト目で返した。


「どんな考えがあると言うんです?」


「お前がR15解禁だと言って“GGL”などという、いかがわしい書物を読んでいることを尖塔の天辺から叫んでやる」


「!?!?」


その言葉を聞き、思わずリリシャは派手に椅子を引いて立ち上がった。

テーブルマナーの教師がいたら大目玉を食らう行儀の悪さだがこの際そんなことを気にしている余裕はリリシャにはない。

驚愕の目をハロルドに向けて言う。


「な、な、なぜ、ど、どうしてそれをっ……」


「お前のことで俺が知らないことがあるわけないだろう」


「なんてこったい!」


リリシャは頭を抱えて立ち尽くした。


GGLとはG(爺)さん×G(爺)さんLove…つまりはオールドボーイズラブという新ジャンルの恋愛小説のことだ。

リリシャは最近R15のGGL小説の読者デビューを果たしたばかりであった。

先ほど侍女から手渡された本もR15GGL小説だ。


ちなみに本のタイトルは、[小さな老いのメロディ]。

初老に差し掛かったドニエルとダムという二人の男性が周囲に反対されながらもトロッコに乗って永遠の愛を誓い合うという胸きゅんストーリーなのである。


まさかリリシャの秘密の趣味がハロルドにバレていたとは……。


別にGGLファンだと知れてどうって事はないはずなのだが、それでも年頃の娘としてはやはり恥ずかしいものがある。


ど、どうしよう……リリシャは自分でも分かりやすいほど狼狽えた。

しかしハロルドの次の言葉でハッと我に返る。


「どうだ?バラされたくなかったら明日、俺が仮病を装って夜会をサボるのに協力してくれるか?」


それを聞いた途端、リリシャはバンっとテーブルを叩いて啖呵を切った。


「一国の王子ともあろうお方が脅しをかけるとはなんて卑劣な!私は絶っ対にそんな卑怯な脅しには屈しませんわ!」


ハロルドもリリシャならきっとそう言うと思っていたのだろう、ニヤリと笑みを浮かべた。


「まさかリリがジジイの濃厚恋愛小説を読むなんてなぁ~」


「GGLはファンタジーですわっ!私はファンタジー小説を読んでいるのです!だからっ…す、少しも恥ずかしくなんかないわっ!なによ!ハロルド様の意地悪!」


そう言って勢いよく椅子に座り、ぷんすこと怒りそっぽを向くリリシャの前に来て、ハロルドが謝った。


「ごめんリリ。リリがコソコソやっているのを見て、隠す必要はないと本当は言いたかったのだ。影で隠れて読んだり本を受け取ったりするの、面倒だろう?」


そう言ってハロルドはテーブルに手をかざす。

すると数冊の本がテーブルの上に現れた。

それをチラリと見遣り、リリシャが訊く。


「………これは?」


「人気のGGL作家、シシー先生の[ジジィーハンター]と[GiGiの奇妙な冒険]シリーズだ。もちろん、リリでも安心して読めるR15だぞ」


「えっ!シシー先生が作家デビュー以前に書いたという、たったの二作品だけ存在するR15っ?どれも市場には出回らない超レア本だと聞いたけど、そ、それを私に?」


「リリが喜ぶと思って魔法で探索したんだ」


「ウソでしょう?……ホントに?」


「これで許してくれる?」


「も、もちろんですっ。ありがとうございます……」


「じゃあ明日の夜会に出なくてもいい?」


「それはダメ」


「やっぱりダメか……」



ガックリと項垂れるハロルドを見てリリシャは思った。

そもそもリリシャにそれを決める権限などないのだ。

出欠の可否を下すのはお父君であらせられる国王陛下なのだから。


リリシャはこの時なぜハロルドがそんなに夜会に出たがらないのか理解出来なかった。



ある意味リリシャの方がまだ子供だったのかもしれない。



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