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プロローグ 王家の7番目の子供 (リリシャ視点)

はじめましての方もそうでない方もよろしくお願いします!

「おい、お前があの熊団長の娘なのか?」



十歳の時、父に連れられて行った王宮で私は彼に出会った。


その時の彼は泥塗(どろまみ)れで奇妙な棒を手にしていたので、私はてっきり馬丁の息子か何かなのだと思ったわ。


馬は大好き。

優しくて臆病で高尚な生きもの。

人間はその背に乗せて貰っているのよ。

それを忘れて馬を道具のように扱ってはいけないわ。

そんなことを考えていた私に、その泥だらけの彼が言った。


「何をぼーっとしている。熊の娘がここにいると聞いたから来たんだ、そしたらお前がいた。お前は熊の娘ではないのか?」


そうだった。今は馬じゃなくて熊の話だったわ。


熊……確かに私の父親はアデリオールベアーに負けないくらい立派な体格をしていて、私は父のことを時々「ウチの熊さん」と呼んでいるけれど……


「あなたがおっしゃる熊が、アデリオール王国きし団ふく団長プゥサン=ブラウンであるならばそのとおりよ。私はむすめのリリシャ=ブラウンです」


そう言って私はきちんとカーテーシーをして挨拶をした。

だって挨拶はとても大切だと父に教えられたもの。


「リリシャ……」


その時の彼は目をぱちくりとさせて私を見ていたけれど、目にゴミでも入ったのかしらね?

でもはっと我に返ったように居丈高に私に告げた。


「ま、まぁいい!おいリリシャ、俺はいつか必ずお前の父親に勝って、剥製にしてやるからな!」


なにが「まぁいい」なのかさっぱりだけれど、

大好きな父親を剥製にすると一方的に言われていい気はしないわよね?

だから私は言い返してやったの。


「お言葉ですけど、私のお父さまは王国ずいいちの剣の使い手よ?なぜそんなにうちの父に勝ちたいのかは知らないけれど、あなたがこれからきし見習いになって、じゅんきしからせいきしになったとしても勝ち目があるとは思えないわ」


「俺には魔術がある!」


「剣のみで戦うあいてにまじゅつでたいこう?え?ないわーー」


「お、俺は魔術師になりたいのだ!だから魔術の勉強だけしていたいのに、お前の父親が剣の基礎くらい身につけておかねばならんと言っていつも無理やり稽古を押し付けてくるのだ!」


「まぁ!お父さまにけいこをつけてもらいたい人なんて五万といるのになんてぜいたくなことを……!そんな生意気なセリフはまずは私に勝ってからにしてよね」


「なっ……?女なんかと戦えるかっ!」


「あら、こわくなったの?問題ないわ。私はもっと小さなころから剣の手ほどきをうけているもの」


「だ、だからといって女に剣など向けられるわけがない!」


「ならいいじゃない。あなたが今手にしているのは丈夫そうな棒だもの。女に剣をむけるわけじゃないわ。私もここに落ちてる枝をつかうから」


「なにを勝手なことを……!」


「勝手じょうとう!行くわよ!」


私はふんわりワンピースの裾を捌いて彼の方へと踏み込んだ。

いきなり間合い近くまで距離を詰めた私に、彼は慌てた様子だった。


「ちょっ……こらっ、ちょっと待てっ、待ってくれーー!」




そしてその手合せの結果は………





「リリシャ……」


「ごめんなさいお父さま……」


生意気な泥だらけ少年を完膚なきまでに打ち負かした私はその後、困り果てたお父さまの顔を見ることになってしまったのだった。


「あんな身形だから誰だか分からなかったのは仕方ないと思う。あれじゃ誰だって馬丁の子か近所のイタズラ坊主にしか見えんからな。でもだからといって棒きれで大上段から袈裟斬りとは……」


「すきだらけでキレイに決まっちゃったの」


「リリイイイ……!」


頭を抱えて泣きを見せる父に私は素直に謝った。


「ごめんなさい……」


だって、だってまさかあの泥だらけの少年が第二王子ハロルド殿下だなんて思いもしなかったんだもの……!


大国アデリオールの王子があんな小汚い(不敬)身形(みなり)でウロチョロしてるなんて誰が想像できる?


ハロルド殿下は私と同じ十歳。

現国王陛下の七番目の御子で、上は三十歳を筆頭とする五人の姉君たちと今年十七歳になられる王太子殿下、つまり兄上さまがおられる所謂末っ子だ。


国王陛下も王妃さまもお年を召されてから授かられたハロルド殿下を殊の外可愛がり、甘やかしているという。



『なるほど、あまやかされてそだったワガママ王子ね』


私は一人でそう納得して、意を決して父に訴えた。


「お父さま、今すぐ私と親子のえんを切ってください!他人になればお父さまが王さまにしかられることはないはずよ」


あんなのでも(不敬)一国の王子を殴ってしまった自分がお咎めを受けるの当然のこと。

だけど大好きな父親までもが咎を受けるのは耐えられない。

それは何としても避けたかった。

だから私は必死になって父に縁切りを頼んだの。


そうしたら父の大きな手が私の頭を撫でた。


「なにを言っているんだリリシャ。可愛い娘を切り捨てるなんてできるわけがないだろう。父さまも共に怒られるよ。二人で一緒に謝ろう」


「お父さま……!」


「リリシャ……!」


うんと幼い頃に母が亡くなって、父と娘の二人三脚でやってきた私たち親子はひしと抱きしめあった。


その時、涼やかで穏やかな声が聞こえた。


「なにをやっているんだキミたちは」


「これは……アルスライド殿下……!」


え?アルスライド殿下っていえば王太子殿下のお名前よね?

ということはこのスラリとした長身の美男子があのばっちい(不敬)王子のお兄さま?


父が慌てて礼を執り、私もそれに倣いカーテーシーをした。


「プゥサン、そんな畏まらないでよ。僕の剣の師匠でもあるあなたにそんな態度を取られたらなんか調子が狂う」


アルスライド殿下がそう言うと、父は首を振って言葉を返した。


「そうは参りません。我が娘がしでかした此度のことは親としてきっちりと責任を取りたいと存じます。誠に申し訳ございませんでした。して、ハロルド殿下のお怪我は?」


「怪我は大したことないよ。ちょっと擦過傷になってるだけだ。それより、責任を取るってどうするの?」


「は、副団長の職を辞し王国に剣をお返しした後、頭を丸めて娘と二人山に篭もります」


「え?やめてよ。丸刈りのプゥサンが山に篭ったら、新種のアデリオールベアーが現れたと大騒ぎになってしまう」


「ぷ、ふふふ……あ、ご、ごめんなさい」


今でさえ熊さんみたいな父が更に熊みたいになった姿を想像して思わず笑ってしまったけど、私は自分が罪人であることをすぐに思い出して謝罪した。


するとアルスライド殿下はふんわりと優しげな笑顔を私に向けた。


「なるほど。さすがはプゥサンの娘だ。器が大きいというか肝が据わってるというか。……ハロルドが気に入るわけだな」


「え?」


「殿下、それはどういう……?」


父がアルスライド殿下に訊ねると、殿下はやや真剣な面差しで父を見た。


「今回、王子に怪我を負わせたことは不問に処す」


告げられた言葉に当然父は慌てた。

いくら父が王家の信任厚い古参騎士だからといって、王族に無礼を働いてお咎めなしでは周りに示しがつかないからだ。


「しかしそれではっ……「その代わりと言ってはなんだが、リリシャ嬢にはハロルドの世話係を務めてもらう」


「……は?」「え……?」


思いがけない言葉に私たち親子が呆然とすると、アルスライド殿下は肩を竦めながら話を続けた。


「まぁかと言ってハロルドはなかなか変わり者だから、世話係に任命されるのは懲罰を受けるのと変わらないのかもしれないね」


私は生唾をこくんと呑んでアルスライド殿下に訊ねた。


「ハロルド殿下のお世話はそんなに大変なんですか?」


「まぁ、お世話といっても本当に身の回りの世話をするんじゃないんだ。それは侍従や侍女がいるからね。要は勉強友達兼遊び友達かな?今まで数多くの令息たちをその役目に就けてきたけどみんな長続きしなくてね。同世代の子供がハロルドの周りにいなくて心配していたんだ。でもハロルドはキミを気に入ったみたいだし、大上段から袈裟に払えるリリシャ嬢なら何とかなるんじゃないかと、父上も僕も期待してるんだ」


「こ、国王陛下までも……」


「どうかな?リリシャ嬢、ハロルドの子守り…じゃない世話係、引き受けてくれるかい?」


王子を棒でしばいた咎がある以上、こちらに拒否権はない。

まぁそれでお咎めなしになるならと安易な考えもあったと思う。


私は一歩前に踏み出して胸をぽんと叩いて告げた。


「わかりましたわ!そのお役目、引きうけたいとぞんじます!」


「リリシャっ?」


「大丈夫よお父さま、やんちゃ王子の一人や二人、近所の子供や従姉の子供たちのお世話をしている私にはどうってことありませんわ!」


「いやしかしっ……」


「私におまかせくださいませ!お父さまを決して、山にこもらせたりはしませんから!」


「リリィィ……(泣)」


「ありがとう!決まりだね」


不安げな様子の父を他所に、アルスライド殿下が嬉しそうに破顔した。




それが私がハロルドさまのお側にいるようになったきっかけ。


蓋を開けてみれば本当にハロルドさまは手のかかるクソガキだったわ。


遊びはまるで野猿よう。

王宮に隣接する森で魔術の稽古を兼ねた派手な遊びにも散々付き合わされた。


身の回りの世話はしなくてよいとの事だったけれど、気がつけばせっせとお世話をしていたわ。

本当に手のかかる王子さま。


でも破天荒な魔術バカで常識外れでも心根は優しい人なのよ。

ぶっきらぼうでデリカシーのないもの言いでも、そこにちゃんと思いやりがあって温かくて。

だからハロルドさまのお世話焼くのは嫌なことでは決してなかった。


そうやって五年間、私たちは常に一緒にいた。


私は毎日王宮へ通い、王子と共に時間をすごした。


共に学び、共に遊び、共に食事をする。


そうして私たちは成長してきたの。


賑やかで楽しくて優しい時間。



だけどそれがいつまでも続くわけではないのだと分かったのは、

私たちが十五歳になって間もなくのことだった。




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