荒れ地の整備をやってみる
翌朝、いつものようにローマン様の部屋に行って謝罪した。
ローマン様は、ぶっきらぼうに「大丈夫か?」と言った。「大丈夫です」と答ると、とくにそれ以上はなにも言わなかった。
そっと彼の顎の切り傷を見てみると、絆創膏がはられている。
自分で消毒をして絆創膏をはったのかもしれない。
そんな彼の姿を頭の中で思い浮かべると、おもわず笑ってしまった。
すごく可愛いく思えたからである。
急に笑いだしたものだから、ローマン様に睨まれてしまった。だけど、それでも笑いが止まらなかった。
ここに来て、笑えるようになったとつくづく思う。以前は、ほんとうの意味で笑えなかった。
いつもひきつった笑みを顔に貼り付けていた。そうしておかないと、「愛想のない顔」とか「不器量な顔」とか叱られるから。とはいえ、愛想笑いをしていても「気持ちが悪い」と叱られるのだけれど。
それでも偽りでも笑みを貼り付けている方が、まだ叱られる率は少ない。だから、出来るだけ笑顔でいるようにしていた。それが偽りの笑みだったから、ひきつった笑みになっていた。
だけど、いまは違う。心から笑えるし、笑顔でいられる。
なにより、声を出して笑うことが出来るようになった。
自分でも驚きである。
それはともかく、いつものようにローマン様の身の回りのお手伝いをしているけれど、ほんのすこしだけローマン様の様子がかわっている気がする。
そんな彼の変化に驚きつつ、いつものように朝食の給仕を終え、ローマン様の部屋の掃除やベッドメイクをすませた。
じつは、昨日からしばらくの間エルヴィスさんが王都に出張で出かけている。ローマン様の用事の為、しばらく王都にいるらしい。
彼がいない間、農作物や庭の花の世話やその他もろもろの雑事をみんなで分担してすることになった。
というわけで、今朝はオリ―と二人で農作物の収穫と東側の農地の手入れを行うことにしている。
さっそくトウモロコシとトマトとアスパラガスを収穫した。
オリ―とわたしが作業をしているのを見て、料理人のルディさんも手伝ってくれた。
三人で手分けして、というよりかオリ―の指示の下、ルディさんとわたしが収穫した。
それから、東側の農地の手入れを試みた。
ルディさんも手伝おうと言ってくれたけれど、彼には収穫した野菜の選別や下ごしらえがある。収穫した野菜のほとんどを、近くの村で働けない人やその家族や父子家庭や母子家庭にお裾分けをするらしい。
「この荒れ地は、整備して小麦畑にするらしいの。ガイスラー公爵家には、もともと大きな小麦畑があるの。だけど、もっとあればそれだけ小麦の収穫量が増えるでしょう? 村や町の人たちに小麦を分けてもいいし、パンを焼いて配ってもいい。ローマン様は、そのように考えているみたい」
整備する土地を眺めながらオリ―が説明してくれた。
荒れ地の整備は、いつもは男性たちが総出で行っている。ローマン様も含めて。だけど、今日はヨハンさんもクルトさんも近くの町に用事で出かけている。
わたしたち二人がどれだけ出来るかわからないけれど、石を集めたり雑草を引き抜いたりは出来るはず。
そう思ってやってきたけれど、想像以上に広くて荒れている。
「昔はもっとひどかったみたい。手つかずの荒れ地だったとか。それを、数代前の当主の時代から引き継ぎつつ整備をしているの。ほら、あそこに沢があるでしょう? あの沢を引き込めば水には困らない。だからこそ、この東の土地を整備して畑にしたいみたい」
「何代もの当主の念願なのね。ローマン様だけでなく、ガイスラー公爵家の歴代の当主たちは領民を大切にしているのね」
心から感服する。
たいていは自分たちの利益のことしか考えていないのに。こういう有効活用できそうな土地があれば、たいていは領民に貸し与え、領民に整備させて作物を作らせ、土地の貸し賃を徴収するのに。
「レディといえど男性に負けず劣らず役に立てるのよ、というところを見せないとね。さっそく作業をしましょう」
「ええ」
というわけで、石ころを集めたり雑草を引き抜いたりし始めた。
オリ―は喉が渇いたとか腰が痛いとか言って、しょっちゅう休憩している。しかし、わたしは黙々と続けた。
頭上を見上げると、太陽が元気よく地上を照りつけている。ジリジリと肌を焼いているのが感じられる。それは荒れた土地も同様で、土や石や雑草を容赦なく照りつけ焼いている。
わたしは、それほど汗かきではない。だけど、額や背中を汗が滝のように流れ落ちていっている。