衝撃的な話
「ああ、そういうことか。エルヴィス、どうだ?」
「王都からミサを捕まえに来るようなことはありません。ちゃんと王家に報告しておきましたので」
「ミサ、きいただろう? きみは大丈夫だ。きみが家族から、あ、いや、もう家族ではないな。とにかく、ブラントミュラー伯爵夫妻やその長女から受けた様々な不当な扱い。それは、きみが被害者であることを示す。王家はそう捉えている。したがって、被害者であるきみに類は及ばない。つまり、彼らと同じ扱いにはならないということだ。なにより、きみは、その、なんだ。ちゃんとした別の家族として申し出て、それが認められた」
「はい? どういう意味でしょうか。わたしが被害者というところもですが、ちゃんとした別の家族というところの意味がまったくわかりません」
「あー、いや、それはだな……」
「ローマン様、じつにじれったい。最近のローマン様のミサに対する態度はじれったすぎてもやもやイライラします。だから、わたしが説明します」
ヨハンさんは、そう宣言するとわたしの座っている長椅子の横に立った。
「ミサ。まず、きみ自身は自覚がないようだが、きみは家族から不当な扱いを受けた被害者だ。いまはムリでも、いつかはそれを自覚し、その上で克服しなければならない。その手助けは、ローマン様だけでなく、わたしやオリー、ここにいるみんなでする。だから、そこは不安に思ったり怯えなくていい。ここまではいいかい?」
オリーにも同じようなことを言われた。いまでは、なんとなくわかる。だから、素直に頷いた。
「ここからが大事なことだ。きみにはあたらしい家族が出来た。ローマン様は、そのことを言いたかったのだ。これもまた、きみは自覚がないようだがね。それどころか、もしかするとローマン様の一方的な想いが爆走しているだけかもしれない。きみにとっては、大迷惑かもしれない。ローマン様は、そんなきみへの配慮を怠るほどきみに夢中なのだ。つまり、ローマン様は王家にきみを妻にすると申し出、承諾を得たわけだ。いまやきみは、ローマン様の正妻だ。二人は、夫婦。家族なわけだ」
「は? はいいいいいい? こ、このわたしが? このわたしがローマン様の正妻? ローマン様と夫婦? わたしたちは、家族なのですか?」
ヨハンさんの話は、この日きいた中で一番衝撃的な内容だった。
ヨハンさんとエルヴィスさんが執務室を出て行った。
いま、ローマン様と二人きり。
いやでも緊張が高まる。
先程のローマン様の言葉は、頭と心に完璧に刻み込まれている。
どうしよう。どうしたらいいの?
なにも考えられない。
「きみは、おれを怖れない。すくなくとも噂や見た目で判断することはない。それどころか、真剣に向き合ってくれる。おれは、それがうれしかった。きみのことをかわっていると表現したが、それはどこか違うな。前にも言った通り、オリーは違う。彼女は、そうだな。彼女はたとえ国王だろうと神だろうと、同じようにしか見ず、扱わない。彼女は、そういうレディだ」
そのことは、前にもきいた。
たしかに、なぜかローマン様のことを怖いと思ったことはない。あのムチのときだって、それはムチが怖いのであってローマン様がというわけではない。
そして、ローマン様には他の男性とはなにか違うものを感じる。具体的になにかはわからない。ヨハンさんたち他の男性には感じないなにかを、たしかに感じる。
「ミサ、最初にひどいことを言ってしまったことは心から謝罪する。それから、そのあとのきみに対するすべての態度に対してもだ。ほんとうにすまなかった」
ローマン様は、執務机からこちらに歩いてきた。
「その上で、あらためて尋ねたい。このような見てくれとあらっぽい性格、なによりずっと年長のおれでもよければ、ずっと側にいてくれないだろうか? いや、違う。その、専属のメイドとしてではない。おれの妻として、だ。きみの元姉の身代わりなどではなく、おれはミサ・ブラントミュラー、きみと結婚したい」
「そんな……。わたし、ですよ? こんなわたしを、ですか?」
「きみだからこそ、だ。きみを、だ。きみは、自分で自分のよさを知らない。すごしてきた環境のせいだ。そのせいできみは、本来のきみではなくなっている。そういったことも、今後心身の傷とともに癒していこう。いいや。すこしずつでも癒してみせる。おれも裏切られたトラウマを克服するつもりだから。だから、きみは、その覚悟をしてくれるだけでいい。ミサ。なんだかんだと言ったが、考えてみてくれないか? すぐに返事をする必要はないのだから」
ローマン様は長椅子の横に片膝をつき、座っているわたしと目線を合わせてくれた。




