お姉様が断罪される?
ローマン様の用事で王都に出張していたエルヴィスさんが帰ってきた。
エルヴィスさんは、しばらくの間ローマン様と話をしていた。だけど、そのすぐ後にローマン様に呼ばれた。
彼の執務室に行くと、ヨハンさんとエルヴィスさんもいる。
彼らの表情を見て、なにかあったのだと予感した。
ローマン様に座るよう促されたので長椅子に腰かけると、ローマン様が説明を始めた。
「ミサ、きみの姉が投獄された。近いうちに処刑されるだろう」
「お姉様が? どうしてですか?」
そう尋ねた声は、驚きに彩られていた。
「王太子と彼のあたらしい婚約者に毒を盛ったのだ。さいわい、二人は解毒剤が効いて助かったらしいがな」
「ど、毒を? お姉様が?」
バカみたいに同じような言葉しかでない。
ローマン様の話の内容はショックだったけれど、あのお姉様ならやりかねないと納得出来た。
「じつはエルヴィスを王都に行かせたのは、王家にブラントミュラー伯爵のことを訴える為だったんだ」
それもまた、驚きだった。
王家の命令でローマン様に嫁ぐことになっていた姉の代わりに、わたしを寄越したこと。これは、王命を無視したということと同時に、ガイスラー公爵家を蔑ろにしたことになる。とくに王命に従わなかったことは、重罪に値する。
「ミサ、きみのことも訴えた。きみへの不当かつ理不尽な扱いのこともな。だが、それら訴えなどたいしたことではないほどの事件を、きみの姉や両親が起こしてくれたわけだ」
姉が王太子とそのあたらしい婚約者に毒を盛ったことを、お父様もお母様も知っていたらしい。それがほんとうかどうかはわからない。あくまでもお姉様の証言らしいから。
結果的に、お姉様は断頭台に。お父様は爵位を剥奪された上にお母様とともに投獄、あるいは辺境の地での強制労働を課されることになるだろう。
ということは、わたしにもなにかしらの処罰があって然るべきだわ。
家族なのだから……。
「ミサ、家族のことは、なんというか……。正直、よかったと心から安堵している。なぜなら、事件のことがなければ、おれ自身が乗り込んで殴り飛ばすなり首をへし折るなりしただろうから」
ローマン様の低い声には、不穏な響きがこもっていた。
それはそうよね。身代わりでわたしを寄越すなんて、公爵であり将軍だったローマン様を蔑ろにするにもほどがある。
「ローマン様。お気持ちはわかりますが、そんなことをされましたら、それはそれでじつに面倒くさいことになるところでした」
「ヨハン、わかっている。だから、グッとガマンしてエルヴィスをやったのだ」
「どうでしょうかね。それでしたら、わたしでもよろしかったのでは? 王家に訴えるのなら、わたしの方が適任かと。それをエルヴィスを送ったということは、王家の対応次第ではブラントミュラー伯爵たちの身は安全ではなかったということですよね?」
ヨハンさんの謎すぎる反論。どういう意味なのかさっぱりわからない。
「エルヴィスは、軍で最強最高の諜報員でね。その任務の中には、荒っぽいことも含まれる。はやい話が、エルヴィスが王都に赴いたほんとうの理由は、ブラントミュラー伯爵たちを物理的に痛めつける為だったわけだ」
「エルヴィスさんが諜報員? そんなふうには見えませんね」
ヨハンさんの話は、またしても衝撃的だった。
「いや、ミサ。そこではない……」
「ヨハン、彼女はときどきズレることがある。まぁ、そこが可愛いのだがな」
「わお! ローマン様、おのろけですか?」
「ご馳走様です、ローマン様」
「やめないか、ヨハン、エルヴィス」
このわたしが可愛い? ってどこが?
またまた驚きだった。まさかローマン様がそんなことを言うなんて。
「とにかく、ムカつく連中は破滅した。それで良しとしよう。もっとも、出来ればミサがしあわせに暮らしているというところを存分に見せつけてやりたかったがな」
「いいではありません、ローマン様。ブラントミュラー伯爵夫妻も、そう長くはないでしょう。断頭台にこそ登らぬものの、その命はそう長くはもたないでしょうから。三人そろってあの世から眺めることになるのです」
「そうかもしれんな、ヨハン」
「あの、申し訳ありません。わたし、ここを出て行かなければ」
会話をさえぎってしまったけれど、ここにいては迷惑をかけることになる。
なにせわたしは、王太子とその婚約者を毒殺しようとした姉の妹。すぐにでも王都からだれかがわたしを捕まえにくる。そうなれば、ローマン様にもお咎めがあるかもしれない。
「ミサ、なんだって? ここを出て行く? なぜだ?」
ローマン様に問われたので、素直に理由を述べた。




