働けることになった
嫁いだはずのローマン・ガイスラー公爵は、「怪物公爵」と呼ばれて怖れられている人物。見た目だけでなく、粗暴で短気な性格もらしい。
このアルタウス王国の将軍だった彼は、先の大戦ではみずから陣頭で指揮を執り、その際に右目を失うとともに体にも大きな傷を負ってしまった。
それ以降、よけいに周囲から怖れられるようになり、この領地に戻ってすごすようになったとか。
ここでのローマン様の生活は、けっして派手でも豪勢でもない。むしろ質素倹約、領民の人たちとあまりかわらない生活を送っているみたい。
しかも、家畜の世話や農作業などもみずから行い、のんびりとした生活からはかけ離れている。毎日、体を動かし、せっせと働いているからこそ、軍を離れていてもあれだけの筋肉を維持出来ているのかもしれない。
というわけで、ガイスラー公爵家で働いている人たちは、そんなに多くはない。
執事のヨハネス・ハーゲンベックさん。通称ヨハンさんは知的な美貌の持ち主で、クールでやさしくて気遣い抜群の大人な男性である。クルト・ヒューゲルさんは、雑用係兼馭者兼家畜の世話をしている。それから、ルドルフ・カーマンさん。愛称ルディさんは、名料理人。エルヴィス・ケスマンさんは、雑用係兼農作業担当。そして、わたしと同じメイドのオリーヴィア・レーマンさん。通称オリーは、とても気さくで可愛らしい。
たったこれだけである。
わたしは、ほんとうは必要ないに違いない。つまり、慈悲で働かせてもらえるみたい。
とりあえずは、ローマン様専属のメイドとして働かせてもらうことになった。
わたしにとって幸運なのは、みんなすごくいい人ばかりということ。
執事のヨハンさんはもちろんのこと、だれもがやさしく親切で気遣い抜群。
生家のブラントミュラー伯爵家の使用人たちは、お父様たちのわたしへの態度を見ている。だから、お父様たちと同じようにわたしを虐げ蔑んでいた。だからここでの待遇は、よすぎて信じられないほどである。
食事だってさせてもらえる。もしかすると、これが一番うれしいかもしれない。食いしん坊みたいだけど、一食一食わたしの分までちゃんと準備されているから、うれしくてうれしくてついつい食べすぎてしまう。だから、いつもみんなに驚かれてしまう。
実家では、いつもお腹をすかせていた。それはもうお腹がすいてすいて、しまいには空腹感はなくなってポーッと気持ちがよくなることが多々あった。食べ物があるときは、食べ残しの硬くなったパンやなべ底に残っているスープやシチューをこそげ取るとか、腐りかけたものとか実際に腐っているものとか、カビが発生しているとかそういうものを食べていた。
人間の体ってすごいもので、たとえ腐っていようとカビていようと、強い信念を持って食べるとお腹を壊したり体調を崩したりはしない。体にはよくないし、毒素みたいなものが体内に蓄積されているのかもしれないけれど。
最初にローマン様が働くことを許してくれずにここを放り出されていたら、美味しくてあたたかくてやさしい食事にありつけなかった。仕事などすぐに見つけることが出来なかったに違いない。いくら飢えに慣れているとはいえ、それも限界がある。
きっとどこかで飢え死にしていたに違いない。
そういうことを考えると、やはり感謝してもしきれない。
日々の糧を、働けることを、親切でやさしい人たちといっしょにいられることを、心から感謝したい。




