こ、これは誤解だ
「あの、ローマン様。わたしのような者が、そのような贅沢をさせていただいていいのでしょうか? わたしはローマン様の側にいて、たとえささやかなことでもあなたの役に立てるだけでしあわせなのです」
ローマン様に恐る恐る尋ねてみた。しっかり視線を合わせて。
「ミサ……」
ローマン様のワイルドな顔が、急に真っ赤になった。
それこそ、熱がでたときのように。
「当り前だ。きみにはその資格がある」
ローマン様は、そこまで言って急に口を閉じた。
「その、きみはなんというか、よければだな、そう。よければ……」
しばらくしてまた口を開いたけれど、モジモジいじいじするだけでなにを言いたいのかさっぱりわからない。
「そう、そうだ。ミサ、そうだ。おれの役に立ってくれるのか? ほんとうに役に立ってくれるのだな?」
「もちろんです。それが、ここにおいて下さっているあなたへのせめてもの恩返しです」
「だったら、そうだな。ああ、くそっ! どう言えばいい? どう伝えればいい?」
「はい? ローマン様、どうか落ち着いてください」
彼は、真っ赤な顔でしどろもどろになっている。
彼が膝の上で握りしめている大きな拳は、握りしめすぎて顔同様真っ赤になっている。
(ローマン様、もしかしてなにか悪いことを伝えたいのですか? そうなのですね)
これだけ言いにくそうにしているんですもの。わたしになにか悪いことを伝えたいに違いない。
そう確信した途端、それまでの気分がズンと落下した。
「ローマン様、どうかおっしゃってください。わたしは、どのような悪いことでも受け入れます」
表情をあらため、彼にお願いした。
「わ、悪いこと? あ、いや、そ、そうか。きみにとっては悪いことか……。悪いことなんだな?」
ローマン様の真っ赤な顔が、今度は悲し気に歪んだ。彼は、悲痛ともいえる叫びとともに急に立ち上がった。
その瞬間である。
「うわっ」
「キャッ」
馬車が急停車した。その反動で、ローマン様がわたしの方に倒れこんできた。
座ったままのわたしと激突すると思った瞬間、ローマン様は座面と壁に手をついた。
そのお蔭で、まともにぶつかることは回避出来た。が、それでも座面に押し倒されたような形になってしまった。
「まああああああああああっ! ローマン様、まだ陽も高いというのにはやすぎませんか?」
黄色い悲鳴が耳に痛いほど響いた。
いつの間にか馬車の扉が開いていて、オリーとクルトさんが中をのぞきこんでいる。
「ローマン様、さすがにそれは……」
オリーに続き、クルトさんが言った。彼の可愛らしい顔には、苦笑なのか驚きなのか、なんとも表現のしようのない笑みが浮かんでいる。
「ち、ち、ち、違うのだ。こ、これは、誤解、そう誤解だ」
「はいはい、ローマン様。わかりました。続きは後になさって下さいな。到着いたしました。とりあえず買い物が先ですよ」
「オリー。だから、誤解だと言っているだろう」
ローマン様は、なぜか大慌てでオリーとクルトさんに言い訳をし始めた。
ローマン様は、どういう悪い知らせを伝えたかったのかしら?
結局、わからずじまいだった。だから、不安だけが残ってしまった。
「ローマン様、御機嫌よう」
「ローマン様、こんにちは」
ローマン様の人気のすごさに驚いてしまった。
ローマン様が手を取ってくれて馬車から降りた瞬間、街の人たちから歓声があがった。
クルトさんが先を歩いてドレス店に歩いていても、街の人たちはわれ先にローマン様に声をかけている。
さらに驚くべきことに、ローマン様は街の人たちがだれなのか、前にどのような会話を交わしたのか、など覚えているのである。
「ディーター、父上の腰はマシになったか?」
「ロータル、奥方の出産はもうじきだな」
「デリア、旦那の足の調子はどうだ?」
「エルナ、息子の奥方とケンカをしていないか?」
ローマン様は、そんなふうに気さくに街の人たちに尋ねている。
「ローマン様、その方が花嫁様ですか?」
だれかが叫んだ。
「可愛らしい花嫁様ですね」
「それで、いつ婚儀をされるのです?」
「われわれにもお祝いをさせてください」
「それはいい考えだ。街ぐるみで、いいや、領地のみんなで祝おうじゃないか」
「それはいい。楽しみだな」
「ガイスラー公爵領初のおおがかりなイベントになるぞ」
「いいや。先代のご領主の婚儀も、領民みんなで盛大に祝ったのだぞ」
「じいさん。だったら、われわれはさらに盛大に祝おう」
街の人たちは、大盛り上がりしている。
わたしには、その理由がさっぱりわからないけれど。




